また会いたい。その言葉に応えられたのは、結局あの偶然の再会から一ヶ月近くも経過したあとだった。
たまには、と仕事にキリをつけて、デスク周りの掃除も済ませていそいそと今日は定時で上がった。部活があるという孝支を、適当に本屋などをふらついて時間を潰してから迎えに行って。美味しいと評判のレストランに入ってメニューを見た時には、思わずビールを頼みそうになって慌てて堪えたのはここだけの話だ。ビールは帰ってから堪能することにしようと密かに決意して、頼んだオムライスを一口頬張る。自分では絶対に作れないふわふわの卵に、デミグラスソースがたまらなく美味しくて思わず頬が緩む。

「俺、正セッターじゃなくなるかも。」

バレー部に新しい一年が入って来たとか、エースやリベロがまた戻ってきた、とか、過去にどんなことがあったとか、楽しそうに、時々苦しそうに顔を歪めながら話してくれていた孝支が、不意にぽつりと呟いた。彼が頼んだハンバーグを食べる手は完全にストップしてしまっている。

「一年に凄いセッターが入ってきて、そいつのが必要とされてるって分かるんだ。チームが勝つために実力でレギュラーが選ばれるべきだって。」

俯いてぽつぽつと話す孝支の言葉を黙って聞く。

「でも俺だって試合に出たい。だから、一試合でも多く試合に出るチャンスが欲しい。情けなくても、可哀想って思われてもいい。バレーを続けられるなら。だから、勝つために、俺じゃなくて一年のセッターを選ぶべきだって、」

そうコーチに言おうかと思ってる。俯いていた顔を上げて、真っ直ぐ私を見つめてそう言った孝支の顔を私はただじっと見つめ返す。先に視線を外したのは孝支だった。

「なんて、やっぱり情けないかな。カッコ悪いのかな。」
「自分がそう思うなら、そうなんじゃないの?」

はっきり告げると、孝支はバツが悪そうに顔を歪めた。ちらりと孝支を見やってから、食べかけだったオムライスを口に運ぶ。

「強い方がコートに立つ、それはずっと変わらない理だし、勝つためには当然のことでしょ。」

それに、と一旦区切ってから言葉を続ける。孝支はじっと私の話を聞いている。

「全員が全員、同じじゃない。個性だって、持ってる能力だって違う。当然、出来ることだって違う。」

それは社会に出たって同じことだ。ある程度の基礎を求められても、その上のプラスアルファは人それぞれ個性がある。資料を作るのが上手かったり、会議での説明が上手だったり、交渉能力に長けていたり。不揃いで成長途中の彼らなら尚更違う。だからいい。だから光輝く。

「だったら、自分に出来る方法で、自分が出来ることをすればいい。周りなんて気にしないで、孝支は孝支が思うようにやりたいことをやればいいんじゃない?」

人生は一度きり。しかも、高校三年生という短い時間は今しかない。それこそ後からやり直しなんて出来ないのだから。

「孝支の決断を周りがどう思うのかなんて私は知らないし、孝支自身がどう思ってるのかも分からない。」

ニッと口端を上げる。

「だけど私は、カッコイイって思うよ。自分からそんんな苦しい決断を出来る孝支はカッコイイって、少なくとも私はそう思う。」
「名前さん、」

私の名前を呟いて目を見開いた孝支ににっこりと笑いかける。

「ほら、早く食べな。折角の料理が冷めちゃうよ。」

頷いて再び食べ始めた孝支をしばし見つめる。

幼かった筈の彼は、自ら悩んで苦しみながらも、彼なりに考えて決断出来るまでに成長している。その決断は、大人顔負けかもしれない。まだ高校生だ、まだガキだといっても、彼は私が思うよりもずっと大人なのかもしれない。子どもだとなめてかかれば、いつか痛い目をみるのは私なのかもしれない。

「名前さん。」
「ん?」
「それ、一口食べたい。」

私のオムライスを指さした彼にいいよ、と頷く。一口分をスプーンにすくって、彼の前に差し出す。

「っえ?」
「何?どうしたの?」

食べないの?と聞けば、僅かに顔を赤くして孝支が狼狽える。

「いや、あの、」

いわゆる「あーん」が恥ずかしいらしい。そういえば高校生の時は私も恥ずかしかった気がする。それだけで、赤くなってドキドキしていたような。いつの間にかそれくらいじゃ動揺なんてしなくなってしまったけれど。

照れて食べようとしない孝支の前に差し出していたスプーンを、自分の方へリターンさせて自分の口へ放り込む。

「これくらいで赤くなるなんて、まだまだ青いね、高校生。」

したり顔で笑って見せる。大人だとは思っても、こういうところはまだ経験の浅い子どもなのかもしれない。

「赤くなってなんかないよ。」

子ども扱いされたのが面白くなかったのか、む、と不機嫌そうに眉を寄せた孝支が、あ、と口を開けた。

「だから、それ食べさせて。」

ハイハイ、と笑いながらもう一度スプーンでオムライスをすくって差し出す。こぼさないようにそっと彼の口の中へとオムライスを運んでやる。孝支が食べたのを確認してからスプーンを抜き取る。

「どうよ?」
「うまい。」
「ね。」

微笑みかけて、私もまたオムライスを食べる。テーブルの向かいで、もぐもぐと咀嚼する孝支の耳が少し赤いのは黙っておくことにしよう。