仕事が終わったその足で本屋へと足を運ぶ。そろそろマンガの新刊が出ていた筈。ついでに面白そうな小説もあったら買っていこう。明日からは待ちに待った週末なのだ。休日くらいは家でのんびり過ごしたい。今日の夕飯は適当に外食するか、コンビニ弁当でも買って食べよう。本屋をうろうろしながらそんなことを考えていた時だった。

「名前さん!」

背後から名前を呼ばれて振り向いた。そこに立っていたのは、黒のジャージを着た背の高い、随分と若い男の子。誰だろう、と首を傾げる。下の名前をさん付けで呼ぶような知り合いなんていただろうか。しかもかなり若い。見た感じ、高校生くらいだろうか。親戚の顔を思い浮かべて見ても、目の前に立つ彼と一致する人物は思い当たらない。そもそも高校生くらいの知り合いなんていた覚えがない。もしかして新手の詐欺か?仕事終わりで疲れた脳をフル回転させて記憶を探す。

「あの、覚えてませんか?菅原です、菅原孝支です。」

不安そうに、すがわらこうしと名乗った彼が眉を下げた。

「すがわら、こうし、」

口の中で呟いてみる。どうしてだろう。すごく馴染みのある名前のような気がした。ずっと忘れていたけれど、何度もその名前を私は呼んだことがある。そんな気がする。

『なまえちゃん!』

不意に脳裏に、忘れていた過去の記憶が過ぎる。嬉しそうに私の名前を呼んで駆け寄ってくる、その小さな体を抱きとめる。幼い彼の名前を呼んでその体を抱き上げる。記憶の中で私が呼んだその名前は、

「…孝支。」

ああ、そうだ。菅原孝支。思い出した。彼が生まれた時からずっと弟のように可愛がっていた、かわいい男の子。

「あ、思い出してくれた?」

人懐こい笑みを浮かべて目の前の彼が笑う。その笑みには確かにあの小さな彼の面影がある気がする。
だけど。

「え?本当に?だってあんなにちっちゃかった、ていいうか、私よりでかい、」

菅原孝支と名乗る彼は、私よりも明らかに大きい。今履いているパンプスのヒールの高さを除くと、十センチ以上は大きい気がする。あの頃はもっとずっと小さくて幼かったのに。

「そりゃそうだよ。俺もう17だもん。」

彼が笑う。
17歳。そうか、もうそんな歳になったのか。そりゃそうだ、私だって今は27で、彼とはちょうど10歳差だったのだから、当然今の彼は17歳だ。私の記憶の中の彼は、小学校に上がる直前で止まっているせいで、目の前の現実とのギャップに戸惑う。

「そっか、もうそんなになるんだ。大きくなったね。」
「その言い方、親戚の人みたい。」

ははっ、と笑う彼は子どもというよりは、もう大人に近い。親戚のオバサン、と言わない辺り、出来た子に成長したらしい。

「ねえ、名前さん、このあと用事ある?」

もし良かったら飯食いに行かない?と、笑顔で誘った彼は、もう私の知っている幼い子どもでは無いようだ。