「スガさ、まっ、んんっ、」

俺から離れようともがく名字の腕を掴んで、彼女の唇に噛み付くように自分のそれを重ねる。強引に舌を捩じ込ませて口の中で逃げ惑う彼女の舌を捕えて絡める。組み敷いた彼女の体へと手を這わせる。びくり、と彼女の体が跳ねる。体を固くした名字の滑らかな肌の上を俺の手が撫でる度に、彼女は甘い声をあげた。





最初に目に映ったのは、白い天井だった。寝息やらいびきやらが聞こえて、先程まで見ていたものが夢だったのだと気付く。

「最低だな…。」

むくりと体を起こして、頭を抱えながらぽつりと一人ごちる。昨夜彼女にあんなことをしておきながら、あんな夢を見るなんて。いや、逆かもしれない。あんなことをしてしまったが故に、あのような夢を見たのかもしれない。考えて、嫌になる。もうどちらでもいいやと考えることを放棄して、とにかく体の中で疼く熱を、頭を冷やしたくて洗面所へと向かう。

「あ。」

トイレから出てきた名字と目が合ってつい立ち止まる。先に目をそらしたのは名字の方だった。

「おはようございます。」
「お、おはよう。」

俺と視線を合わせないように会釈をして、名字がするりと俺の横を通り過ぎる。
昨日までは朝、顔を合わせれば、笑顔でおはようございます、と言ってくれたのに。今の彼女はにこりともしてくれなかった。それどころか目さえも合わせてくれない。彼女にそうさせているのは紛れもない自分だというのに、笑ってくれないことが、目を合わせてくれないことが寂しい、なんて自分勝手にも程がある。

通り過ぎた名字を振り返ってみても、彼女は振り返らなかった。





休憩時間に入ると、名字は両腕にドリンクボトルを何本も抱えて忙しそうにくるくると部員たちの間を走り回る。

「お疲れ様です!」

どうぞ、と大地や旭、他の部員に名字が笑顔でドリンクを手渡していく。それなのに、俺の前に来た途端に消える笑顔。他の部員には手渡しするのに、俺には押し付けるようにして渡してさっさと踵を返す彼女のあからさまな避けように大地と旭が気付くのは時間の問題だった。

「スガ、名字と喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩だったらまだ良かったよ。」

大地の問いかけに、苦笑いで返す。まさか風呂上りの彼女を襲いかけました、なんて言える筈もない。俺が昨夜彼女につけた痕は、Tシャツの下に隠れているようで気付いている人間は恐らくいないだろう。

「じゃあ何があったんだ?」

旭の問いに何でもない、と言いかけてやめた。多分二人はそんな答えを望んではいないし、そう言ったところで納得もしてくれない。かと言って馬鹿正直に白状も出来ない。

「ちょっと、ね。突っ走り過ぎちゃった。」

ドリンクの次はタオルを持って走る名字を見つめながら呟く。
大地の言うように、喧嘩だったらまだ良かった。普通の喧嘩だったら、言い争いとかだったら。まだ話し合えた。ごめん、って素直に謝って、冷静な頭で話せたかもしれないけれど。

「…何があったのかはあまり追及しないでやるけど、早めに解決しろよ。」
「うん。分かってる。」

大地の言葉に頷く。
これ以上何も聞かないでいてくれる大地と旭の優しさが今はありがたい。
今はとにかく頭を冷やしたかった。彼女から、昨夜のことから目をそらして、逃げ出したかった。そうすることで少しでも冷静な自分に、彼女を前にしても暴走することなんてない自分に戻りたかった。





regret
(それでも、無かった事になんてできない)