「名字さんはローリングサンダー出来ますかッ!?」
「…は?ローリング、…ああ、回転レシーブ?」

できるよ、と答えた名字からドリンクボトルを受け取った日向が嬉しそうにはしゃぐ。

「教えて下さい!」
「そういうのは西谷に聞きなよ。」
「名字さんのローリングサンダー見たいです!」
「いや、私マネージャーだし。ローリングサンダーなんて言わないし。」

日向のコミュニケーション能力の高さに感心する反面で、名字にやけに懐いているその姿を見ると面白くないと思ってしまうのは先輩失格かな、と密かにため息を吐く。何食わぬ顔を取り繕って彼女の背後からそっと近付く。日向との会話に気を取られているからか、俺の気配に気付く様子のない名字の肩に顎を乗せて両腕を伸ばす。こうして彼女に近い距離で触れることで周りに牽制を仕掛けるようになったのは、いつからだったろう。…その牽制に日向が気付いているかは疑問が残るけれど。

「名字ー、俺もドリンク欲しいー。」
「うわぁっ!?」

びくりと肩を揺らした彼女の腕の中から自分のドリンクボトルを一本抜き取って体を離す。耳まで赤く染まった名字がくるりと振り返る。

「スガさん!取りにくるなら普通に来て下さいよ!」
「悪い悪い。ちょっと悪戯したくなって。」

ちょっとって何ですか!、と抗議する名字に笑顔で返して、ドリンクをごくごくと喉へと流し込む。さっきまで名字に回転レシーブを教えて欲しいとねだっていた日向は、いつの間にか姿を消していて何やら他の一年と騒いでいる。

「それよりさ、ちょっとテーピング頼んでいい?」

ひらひらと右手を振って見せると、途端に名字の表情が心配そうなものに変わる。彼女が口を開く前に、大丈夫、大したことないよ、と笑いかける。そうですか、と安堵したように微笑んだ名字が、ちょっと待ってて下さい、と駆け出していく。その背を見送って、体育館の端へと移動してその場に腰を下ろす。名字は残りのボトルを他の部員へ配っている。そうしてテーピングを手に駆け足で戻ってきた名字に、右手を差し出す。

くるくると器用に手際良く自分の指にテーピングを施していく名字の白く細い指を、ぼんやりと見つめる。

「何で名字はバレー止めたの?」

尋ねると、ぴたりと名字の手が止まる。ずっと俺の右手を見つめていた名字が俺を見上げた。

「やけにこだわりますね。」
「そりゃ気になるだろ。俺には言えないなんて言われたら、余計に。」
「…別に大した理由じゃないですよ、多分、他人からしたら。」
「じゃあ、教えてくれてもいいよね?」

大した理由じゃないんだろ?と聞くと、名字がふい、と視線をそらす。少し頬が赤くなっているのは、気のせいだろうか。

「誰かにとっては大したことなくても、私にとっては大切で全てなんです。」

だから言えません、とはっきり言い切った名字がもう一度俺を見上げる。

「自分がプレーするよりも、今はこうやってスガさんたちをサポート出来ることに満足しているんです。だから、今はこれで納得してもらえませんか。」

困ったように名字が微笑んで、彼女の視線がまた俺の右手へと下がる。くるくるとテーピングの続きを施すと、程なくして、テーピングを終えた彼女の手が離れた。それが何だか寂しくて、思わず名字の手首を掴んでしまった。

「スガさん?」

不思議そうに目を丸くした名字を、くい、と引き寄せる。彼女の耳元へと唇を寄せる。

「分かった。今はそれで納得してあげる。でも、」

今はまだ、ね。彼女の耳元で囁く。そうしてから、ふう、と息を耳へと吹きかけた。

「っひゃ!?」

声を上げて肩を竦ませた名字が可愛くて、くすくすと笑みを零す。立ち上がって、彼女の頭を軽く撫でる。

「サンキューな、名字。」

テーピングをしてもらった右手をひらひらと振って、既に練習が再開されているコートの中へと走っていく。

さすがは元バレー部というべきか、テーピングをしてもらった右手はいい感じだ。申し分ない出来栄えに内心で満足する。次いで、さっきまで触れていた彼女の手の感触を、声を思い出して、その全てが自分だけのものになればいいのに、なんて欲が首をもたげる。ほんの出来心で彼女の耳に息を吹きかけた際、名字が上げた声に図らずも熱を帯びた中心。男って駄目だな、とごちたのはここだけの話だ。





reason
(今はまだ知らない)