「日向ー、足動かして、足ー。」
「はいッ!」

校舎に背を預けて立つ名字の指摘に日向が元気に返事をする。俺がボールを打って、日向がレシーブして、それをまた打って、を繰り返す。偶然ジュースを買いに来た名字が、昼休みも練習をする俺たちに気付いてからは彼女もいつの間にか一緒にいるようになっていた。
不意に日向がレシーブしそこねたボールが明後日の方向へ飛んでいく。それを慌てて拾いに行った日向に名字が近付く。飲んでいたペットボトルのジュースを脇に抱えながら、名字の手が日向の腕に触れる。

「もっと腰を落として、腕はこう、」

こくこくと頷く日向を羨ましいなあ、と思いながら二人をぼんやりと見つめる。俺から彼女に触れることはあっても、彼女から俺に触れることはほとんどない。初めて会ったあの日からもう一年もバレー部の部員として一緒にいるのに。教えるという口実でも彼女から触れてもらえる後輩が羨ましいなんて、俺も大概心が狭いなと内心で自嘲する。

「説明するより、やって見せた方が早いかな。」

これ持ってて、と名字が制服のブレザーを脱いで持っていたペットボトルと一緒に日向に預けた。それを受け取った日向が名字と入れ替わるように校舎側へと下がる。ブラウス姿になった名字が腕まくりをして日向からボールを受け取る。不意に露になった彼女の白く細い腕に一瞬心臓が跳ねる。

「スガさん、ちょっと打って貰えますか。」

そう言って放り投げられたボールを受け取って、戸惑いながらも日向にするのよりは少し軽くボールを打つ。トンと軽やかな音と共に真っ直ぐ俺へと返ってくるボール。それをもう一度打って、彼女が返す。

「もうちょっと強くても大丈夫ですよ、スガさん。」
「すげえ!!名字さんすげえ!」

興奮したようにすごいを連発する日向に名字が笑う。笑いながらも、彼女のレシーブが乱れる様子はない。

「いやいや、私なんて全然だよ。」

それよりちゃんと見てる?と聞いた名字が聞くと、日向がはい!と頷く。数本レシーブを繰り返してから、名字の方から切り上げた。日向に預けていたブレザーとペットボトルと、ボールを交換する。

「名字さん、すごいです!マネージャーなのに!」
「だってこれでも元リベロだもの。」
「えっ!?」

元リベロ。その発言に驚いたのは、日向と同時だった。名字が俺を見て不思議そうに首を傾げる。

「あれ?言ってませんでしたっけ?」
「聞いてない。元々女バレに入るつもりだったのは知ってるけど。」

初めて彼女に会った時、手渡された入部届に女子バレー部と書かれていたことは今でも覚えている。にも関わらずマネージャーになると言って頑なだった彼女は、あの後本当に女バレには入らずに、俺たちのマネージャーになってくれた驚きは忘れられない。そして、どうして彼女が女バレではなく、マネージャーという選択をしたのか、その理由も知らないままだ。

「どうして女子バレー部に入らなかったんですか!?」

日向のストレートな問いに、内心で激しく同意する。
それとなく聞いても彼女が答えてくれたことは一度としてなかった。日向からの問いかけなら、彼女は答えてくれるだろうか。

「元々高校でもバレー続けるかどうかは迷ってたんだけど…。」

日向を見ていた名字がちらりと俺を見た。ぱちり、と視線が合ってすぐにそらされる。そのまま口元に人差し指をあてて、日向に笑いかけた。

「マネージャーになった理由はナイショ。」
「ええーっ、教えて下さいよ!」
「そうだぞ名字ー、教えろよー。」
「教えませーん。特にスガさんには言えませーん。」
「え、何で俺!?」
「いいから、ほら、早くしないと時間なくなっちゃいますよー。」

名字に急かされてはっとしたように日向が俺にボールを投げる。名字の言葉が気になって躊躇していると、日向に早くと急かされる。当の名字はといえば、ペットボトルのジュースを涼しい顔でごくごくと飲んでいる。

ああ、もう、面白くないなあ。結局のところ、彼女は肝心なことは何一つ俺に教えてくれていない訳だ。元リベロだったことも、女バレに入らなかった理由も、マネージャーになった理由も。この一年で少しは彼女に近付いたつもりが、そう思っていたのは俺だけだったのだろうか。俺の独りよがりでしかなかったのかな。





secret
(まだ知らないことばかり)