静まり返った部屋で見上げた天井の蛍光灯の光が眩しくて目を閉じる。瞼に浮かぶ過去の自分。あまりの情けなさと不甲斐なさ、愚かさにギリ、と唇を噛み締めた。

「当然何年もずっとレシーブばかりやってきた私は、サーブもスパイクもブロックもトスも全部ゼロからスタート。いつまで経っても自分はリベロだって気持ちを捨てられないまま、新しいポジションを受け入れられないまま中途半端なプレーで中学最後の夏が終わったことを今でも覚えてる。中二の秋から始めたんだから、これが限界だって勝手に決めつけて。」

嘘。本当は限界なんかじゃなかった筈だ。もっと今みたいにがむしゃらに貪欲になってたら、きっともっと変わっていた筈。どうすることも出来ない体の成長を嘆いて、守備専門という仕事にいつまでもしがみついて立ち止まってなんかいなければ。自分の身長も新しいポジションもちゃんと認めて受け入れていたら。

「だから、高校に入っても最初はそんなに一生懸命バレーやるつもりなんてなかったんだ。どうせ後から始めた自分じゃ追いつけないって嘯いて、それなりに楽しくやれたらそれでいいって、そう思ってた。…そう自分に言い聞かせてた。」

本当は見ないふりしてただけだった。何もかもがゼロからのスタートなら、努力を重ねればきっとまた追いつけること。リベロ出身が故のレシーブ力を活かせれば、あるいは進化出来るかもしれないこと。

それに気付いたのは、僅か半年程前のことだ。

スガさんに出会って、近付きたくて、勢いと成り行きで女子の練習終わりに、自主練ついでと偽って男子バレー部に混ぜてもらった瞬間に変わった。自分を誤魔化していた嘘に気付いてしまった。
圧倒的な力と技術の差。自分より上手い人なんて数え切れない程いる。上を見たらきりが無いことなんて分かっていた。それなのに。

「だけど、初めて間近でここの皆のプレー見て、触れて、敵わないって思った。男女の差があるから仕方無いっていっても、そんなのどうでもいいくらい全てが圧倒的に敵わないって。」

あの時感じた、いっそ清々しい程までの悔しさは今でも忘れられない。何もかもが敵わない、届かないと思った。だけど。

開いた目に入る白く明るい光。
嘯いて逃げるだけだった自分のいた場所が光一つ無い暗闇だとしたら、あの瞬間はきっと暗闇に初めて光がさした瞬間だったのだと思う。

「でも、それは何もしてこなかった自分のせいだって気付いた。そんな自分が敵う筈がないって。だけど、だからこそ負けたくないって思った。追いつきたくて、もっと上を目指してみたくなったんだ。」

今でもまだ届かない。どんなに追いかけたって、皆も更に強くなっていく。上へと進んでいく。

まだ、追いつけない。
もしかしたらずっと、追いつけないのかもしれない。

「皆は、私にとっての憧れなんだよ。だから出来るだけ近くで挑戦し続けていたい。私も一緒に強くなりたい。」

立ち止まっていた時間は戻らない。自分を誤魔化して現実から逃げていた情けない自分は消えない。
だけど、これからの自分は変えていける。

「これが、日向の質問の答え。カッコ悪い話しちゃったね。」

ごめんね、と日向に苦笑いを向ければ、彼はぶんぶんと勢いよく首を左右に振った。

「そんなことないです!名字さん格好いいです!」
「そうだぞ、名前!何カッコイイ話してんだコノヤロー!」
「うぐっ!?」

ノヤっさんの明るい声とともに、背中にどすっと何かがのしかかったような重い負荷がかかった。視界の端に逞しい腕が見える。どうやらノヤっさんが背中にのしかかっているらしい。

「そういう話はもっと早く聞かせろよ!」
「ぐえっ、」
「田中の言う通りだべ。」
「うっ、」
「俺もっ、俺も名字さんの憧れですか!?」
「うっうん、」

それぞれの声とともにどんどん重くなる背中。重みに耐えきれず、曲げていた両膝は徐々に伸びて前屈状態になる。体が柔らかくて良かったとどうでもいいことが脳裏をよぎる。

「お前ら、名字が潰れて苦しそうだからそろそろどいてやれ。」

大地さんからの助け舟でようやく背中が軽くなる。

「わっ!?」

次の瞬間、勢いよくわしゃわしゃと頭を撫でられた。何事かと顔を上げれば、満面の笑顔のスガさんと目が合う。

「名字よく頑張ったなぁ!ここまで成長するの大変だったろ?突然のコンバートだって苦しかったよなぁ、きっと。」
「っ、」

不意に右頬に一筋の涙が伝った。スガさんの手は私の頭上に乗ったまま、スガさんの顔が驚いたような困ったような表情に変わる。泣くつもりなんて無いのに、私の意思とは裏腹に次から次へと涙が溢れる。

「スミマセン、私何で泣いて、」

両手で涙を拭っても追いつかない程の涙がぼろぼろと両頬を伝う。居た堪れなくなって俯けば、頬を濡らした涙が今度はジャージに大きな染みを作っていく。

不足を補うために頑張るのは当たり前だと思っていた。褒められなくて、出来て当たり前だと。男子に混ざる事で、男目当てだと揶揄されることはあっても、その困難を褒められたり理解されることはなかった。同情や哀れみ、満足に出来ない事への苛立ちをぶつけられても、その苦しさに戸惑いに寄り添ってくれる人はいなかった。

スガさんが初めてなんだ。私がずっと心のどこかで欲しがっていた言葉をくれた人は。
そう気付いて、ぎゅっと両手を握り締める。
どうしてこの人はいつだって私の欲しい言葉をくれるんだろう。好きになったその瞬間もそうだった。練習で苦しくて躓いた時も何度だって。

頭に乗せられていたスガさんの手にぐっ、と力が入ったと思った瞬間、その強さのままに引き寄せられた。

「っ!?」

スガさんの右肩に額を預ける体勢になって、鼻腔いっぱいにスガさんの匂いが充満する。子どもをあやすように、スガさんの手がぽんぽんと頭を叩く。

「大丈夫。だから、今は思い切り泣きな。」

その言葉にとうとう堪えきれなくなって、スガさんに縋りつくように、そのジャージを握り締めた。



どうか今だけは
(明日はきっと笑えるから)