GWの合宿初日。夕食も風呂も終わって、でもまだ寝るには早い中途半端な時間。あてがわれた一人部屋で習慣となったストレッチをしながら、数日前、スガさんと一緒にいたいがために武田先生と鵜飼さんに合宿に参加させて欲しいとお願いした自分を思い出して、一人笑みをこぼした。女子の練習もやる、食事の準備も手伝う、その上で空いた時間は目一杯男子の練習に参加させて欲しいだなんて、その言葉に嘘偽りは無いとはいえ、よく言ったものだと我ながら感心する。それで本当に参加させてくれた先生たちも大概人が良いと思う。

「よし。」

折角合宿に参加させて貰ったのに、一人で過ごすなんて勿体ない。思い立ったように立ち上がると、スガさん達がいる大部屋へと足を運んだ。

「失礼しまーす。」

ノックをしてから扉を開けるやいなや、スガさんの姿を真っ先に見つけてその右隣にしゃがみこんだ。

「スガさーん。」
「お、名字。」
「一人じゃ寂しいんで来ちゃいました。」
「そーかそーか。」

わしゃわしゃと頭を撫でてくれるスガさんの手は相変わらず優しくて、ふにゃりと頬が緩む。離れていくスガさんの手に名残惜しさを感じながらも、その場に腰をおろした。

「寝るときは自分の部屋戻れよ。」

大地さんにすかさず釘を刺されて、えー、と頬を口を尖らせれば、当たり前だろ、と怒られる。
あわよくば一緒に寝たかったのに。同じ布団でとは言わないから、隣の布団で眠れたら幸せだったのに。でも、合宿はまだある訳だし、どこか一日くらいチャンスはあるかもしれない。

「あの、名字さん!」

不意に日向に声をかけられて、振り向く。いつの間に来たのか、私のすぐ右隣に日向が正座していた。

「どした?日向。 」
「ずっと聞きたかったんですけど、」
「うん?」
「名字さんはどうして俺たちと一緒にバレーしてるんですか?」

だって本当は女子バレー部なんですよね、と言う日向の顔は何だか不安そうだ。
何と答えようか思案していると、聞いていたのか田中とノヤっさんがげらげら笑い出した。

「んなもん決まってんじゃねーか、日向、スガさんがいるからだろ!」
「名前はスガさん大好きだからな!」
「えっ!?そうだったんですか!?」
「何だ、知らなかったのかよ、日向!」
「えぇっ!?」

あわあわと私とスガさんの顔を交互に見つめる日向がかわいくて思わず吹き出す。一方のスガさんは困ったように苦笑いをしている。困った顔も好きだなあ、なんて私も大概だ。

「確かに好きだけど、別に付き合ってるとかじゃないから。完全に私の一方通行。」
「そ、そうなんですか?」

そうそう、と頷きながら笑う。ひとしきり笑ってから、小さく深呼吸を一つした。でもね、そう呟いた自分の声はちゃんと落ち着いている。それに内心で安堵してから口を開いた。
これは、まだ誰にも話したことのない私の正直な本音。スガさんの存在だけじゃ、日向の質問への答えは不十分。ちゃんと答えなくちゃいけない。
真っ直ぐな日向の視線が何となくそう思わせた。

「きっかけは確かにスガさんだったし、今も原動力であることに変わりは無いけど、ここにいる皆とバレーをしたいってちゃんと思ってるよ。」

さっきまでの賑やかさが一瞬にして消え去って、部屋の中が静まり返る。その静けさが何だか照れくさくて、両膝を抱えていた両腕を床について天井を見上げた。白い蛍光灯の光が眩しい。

「子どもの頃はとにかく背が低くて、背の順で並べば、最前列が定位置ってくらい。だから、小一で始めたバレーのポジションはずっとリベロ。でもそれを不満に思ったことはなかったし、むしろずっとこの仕事をしてたいって思ってた。」

ただひたすらにボールを繋ぐ。その仕事に誇りを持っていた。自分が繋ぎさえすれば、誰かが点を取ってくれる。そのためならいくらでもボールを追いかけられた。

「だけど、中一の夏頃から急激に背が伸び始めてから全部変わった。チーム一低かった私が、いつの間にか一番背が高くなってて、ポジションも当然リベロからコンバート。中二の秋になって突然ウイングスパイカーやれってさ。」

急激に伸びていく身長に気づきながら、いつかそんな日が来るかもしれないとずっと怯えていた。怯えるだけで、何も変わろうとしなかった当時の自分が今でも情けない。

いつなくしんとした大部屋で私の声だけが響く。いつもは騒がしい田中やノヤっさんまでもが黙って私の話を聞いている。
日向は、スガさんは、どんな顔で私の情けない昔話を聞いているのだろう。情けないヤツだと、どうしようもないヤツだと、呆れているのだろうか。そう思われて当然のことをしていたのは、紛れもない自分だというのに、自分の愚かさを、情けなさを、弱さを晒すことがこんなにも怖いだなんて。


昔話をしようか
(情けない話だけれど、)