夢を見ていた。

目の前には空にも届きそうな大きな大きな壁。手を伸ばしてみたり、跳んでみたりしても当然越えられる筈もなくて。所々にみえる足がかりのようなものに手を伸ばそうにも、届かない。自分の体を見下ろしてみる。少しでもぶつけたり、転んだりしてしまえば、すぐに粉々に砕けてしまいそうな細くて小さな硝子細工の体。それでも、必死に硝子の腕を伸ばす。何とかしてこの壁を越えたい。

「どうして君はそれを越えようとするの?」

誰かが聞く。だってここには、君の欲しいものは何だって揃っているでしょう?、と。

「この向こうに会いたい人がいるんだ。」

その人はここにはいない。私が本当に見たい景色はここに無い。

「でも、君のその体では無理だよ。壊れてしまう。」

誰かが言う。君に覚悟があるなら、新しい体をあげようか、とまた言った。

「覚悟?」
「そう、覚悟。痛みも苦しみも全てを受け入れる覚悟が君にはあるかい?」
「…ある。どんなに痛くたって、苦しくたって、全部受け入れる。傷も痛みも苦しみも、全部引き受ける。」

そうか、と誰かが笑った気がした。硝子細工だった自分の体が一瞬にして、超合金のロボットに変わる。
これなら大丈夫。この体なら越えられる。

手を、足を伸ばす。ゆっくりと確実に、少しずつ登っていく。でも、足を滑らせて地面に落ちた。もう一度立ち上がる。また登る。また落ちる。超合金の体は幾度落ちても壊れない。だけど、傷や痛みはどんどん蓄積されていく。全身が痛い。それでも登ることを諦めない。何度落ちて、何度手足を伸ばしたのか。ようやく高い高い壁の一番上へと辿り着く。暗い壁しか見えなかった視界が一気に開けた。





ぱちり、と目を開けた。目の前のスガさんの寝顔に一瞬心臓がどきりと跳ねる。昨夜のことを思い出して、恥ずかしさと照れくささ、幸福感にへらりと頬を緩める。艶っぽくて、とことん甘い。これ以上無い程の甘さに包まれていた時間。たまらなく幸せだと思った。

スガさんは私を硝子細工のようだと言った。だけど、スガさんの腕で抱かれた私は、壊れもしなかったし、汚れたとも思わない。微睡みの中でついさっきまで見ていた夢を思い出す。

私にはやっぱり超合金がお似合いなんです。そんな風に強くなりたいという願望も含めて。

「なーに笑ってるの?」

不意に目を覚ましたスガさんに聞かれて、驚きに目を見開いた後、すぐに笑みを浮かべた。

「内緒です。」

昨夜のことを思い出して幸せに浸っていました、なんて白状するのは恥ずかしい。ましてや、曖昧な夢の話をするつもりもない。あの夢は私だけの秘密だ。言わば私一人の決意のような。

「ふうん?」

スガさんにぐい、と抱き寄せられたと思った次の瞬間、スガさんの大きな手が剥き出しの私のお腹周りをくすぐる。

「ふは、っひゃははは、ちょ、スガさ、くすぐった、」
「言う気になった?」
「い、言わないですって、ふ、はは、」

脇腹をくすぐっていた手が徐々に上昇して、腋の下をくすぐる。スガさんの手から逃れようと身を捩る。

「ひゃ、ははっ、ちょ、ほんともう、んぁっ、」

スガさんの手が意図的か偶然か、胸の頂を掠めて、思わず甘い声が出てしまった。慌てて口を噤む。ぴたりとくすぐっていた手が止まる。肩を押されて、ベッドへ押し倒される。私を見下ろすスガさんに、おずおずと声をかける。

「あ、の、スガさん?」
「ごめん。スイッチ入ったかも。」
「え?」

昨夜と同じ顔をしてる。男らしくて、その双眸の奥に熱を孕んだ色っぽい表情。抵抗する間もなく、キスで唇を塞がれる。何も着ていない肌の上を滑るスガさんの手に体が跳ねる。
そうしてまた、甘い声に、手に、刺激に、思考ごと陥落していく。すべてがどろどろに溶かされて、やがて一つになる。いっそこのまま何の隔たりもなくなってしまえばいいのにとさえ思う。

筋肉痛と昨夜の名残でまだ少し痛む体。
傷も痛みも苦しみも全部引き受ける。その言葉に嘘偽りは無い。体の痛みも心の痛みも、全部ぜんぶ、受け止める。もう、逃げたりなんかしない。何度だって立ち上がって、越えてみせるから。




壁を越えた超合金ロボットが見たのは、雲一つ無い青空の下で両手を広げて私を待っていたスガさん、あなたでした。