「触れなかったのは、名前ちゃんが高校生だったから、っていうのもある。高校生のうちは手を出さないって決めてたし、出しちゃいけないって思ってた。」

ゆっくりと話すスガさんの声をただ黙って聞く。怖いけれど、でも聞かなきゃいけない。私がここで勝手に拒絶するにはいかないのだ。あの日のように。
それに、怯え以上に、聞きたい気持ちが今は上回る。

「だけど、少しでも触れてしまえば、そのまま歯止めがきかなくなりそうで怖かった。欲のまま名前ちゃんを欲しがってめちゃくちゃにしてしまいそうで怖かったんだ。」

スガさんの言葉を一つずつ、ゆっくりと自分の中で噛み砕きながら飲み込んでいく。そこには私が不安がっていた要因は一つも見当たらない。

「だから、極力触れないようにしてたんだ。俺が暴走しないように。そうして名前ちゃんを傷付けてしまわないように。」

でも、それが結果的には名前ちゃんを傷付けてたんだね。そう呟いてスガさんが俯く。ごめんね、と謝るスガさんに私は何と言えばいいのか分からなくて、必死に言葉を探す。でも私が言葉を見つけるよりも早く、スガさんが再び口を開いた。

「だけど、本当は俺自身が躊躇してたんだ。純粋で真っ直ぐで綺麗な名前ちゃんを俺が汚してしまうんじゃないかって、壊してしまうんじゃないかって躊躇ってた。」
「…私は、スガさんの目に、そんな風に映ってるんですか?私は、脆いですか?」

責めるつもりは微塵もない。だけど、純粋にただ聞いてみたくなったのだ。スガさんの目に映る私はどんな風なのか。どんな風に私が見えているのか。ただ知りたくなった。

「うん。綺麗で繊細な硝子細工みたい。だから、大切にしたいし、守りたい。」

繊細な硝子細工。思いもよらない例えに、ぱちぱちと目を瞬かせた。顔を上げたスガさんは眉を下げて困ったように微笑んでいる。
そうか。スガさんの目には私はそう映っているのか。初めて知った。どうりで、他の誰もしてくれないのに、スガさんだけは女の子扱いをしてくれる筈だ。愛されていると、壊れ物を扱うようだと時折感じていたのは、そのせいだったのだ、といつになく冷静な頭が考える。

つまりは、私の不安は全くの見当違いだったということになる。私の貧相な体がどうこう、なんてスガさんは考えてもいなかったのだ。…いや、考えているのかもしれないけれど、それが私に触れてくれない理由には直結していないということだ。

急に何だかバカバカしく思えてきた。結局私とスガさんは、お互いがお互いなりにそれぞれ思惑を抱えていて、それをどういう訳か二人して伝えようとはしなかった。向き合おうとはしなかった。デリケートな問題とはいえ、多分お互いを思うが故に避けてきたせいでこうなったのだ。

ふは、とつい吹き出してしまった。む、と不機嫌そうに眉を寄せたスガさんを見つめる。

「大丈夫ですよ、スガさん。私そんなに脆くもないし、綺麗じゃありません。自分のことばかりで狡くて汚いところばかりです。そんな風に私を思ってくれるスガさんの方がずっと綺麗です。」

そう言って微笑んでみせても、スガさんの表情は変わらない。
そんな顔が見たい訳じゃないんだけどな。私はスガさんの笑顔が見たいのに。

「例えるなら、硝子細工なんかじゃなくて、もっとこう、強い、えっと、」

ブリキじゃなくて、何だっけ、こうもっと何かいい表現が、ああ、そうだ。

「超合金みたいな!」

そうだ、それだ。思い出した。少しくらい乱暴に扱ったって壊れない、超合金のおもちゃ。

ぶは、とスガさんが吹き出す。目尻に涙を浮かべながら、お腹を抱えて笑っている。
そんな風に笑うスガさんの顔を見たのは随分久しぶりのような気がして、嬉しくなる。

「超合金って、それ、それは確かに強いな。てか、名前ちゃん何でそんなの知ってるの、」
「いや、父親がそういうの好きでして。」

なおもスガさんは笑い続けている。どうやらツボに入ってしまったらしい。
そんなにおかしかったかなあ、我ながら中々絶妙な例えだと思ったのに、と首を傾げていると、不意にスガさんに引き寄せられた。ぎゅう、と抱きしめられる。私の首筋に顔を埋めてスガさんはまだ笑っている。

「そっか。じゃあ俺の心配は杞憂だったんだ。」
「はい。いらぬ心配です。」
「言ったね?」

抱きしめる腕を緩めたスガさんの額が、私のそれにこつん、と寄せられる。息もかかるほどの至近距離で見つめ合う。
さっきまで大笑いしていたスガさんはあっという間にいなくなっていて、代わりに意地悪な笑みを浮かべたスガさんが目の前にいる。

「俺、もう容赦しないよ?無事卒業して、受験も終わったことだし。」

言い終わるや否や、再び抱き寄せられたと思ったら、ふわりと体が宙に浮いた。

「わッ!?」

慌ててスガさんの首にしがみつくと、今度はぼふ、とベッドの上へ落とされた。ギシリ、と音を立ててスガさんが覆い被さってくる。逃げ道をなくすように、顔の両側に伸びるスガさんの両腕。目の前には、楽し気に私を見下ろすスガさんの顔。その後ろに見える白い天井。
それが一体どういう状況なのか、いくら恋愛経験のない私でも分かる。私は今スガさんに押し倒されているのだ。

「す、スガさん?」
「名前ちゃん言ったべ、俺に触って欲しいって。」
「い、言いました、けど、」
「俺も名前ちゃんに触りたい。」

そう言って近付くスガさんの顔。
私はぎゅっと目を閉じた。