ずっと無視し続けていたケータイに残されたスガさんからの着信や、メッセージを見てみた。「話を聞いて欲しい。」「ちゃんと家に帰った?」「連絡待ってるから。」そこには、私を責め立てる言葉も、拒絶の言葉など一つとしてなくて、ただただ私を心配して、私が落ち着くのを待とうとしてくれるやさしい言葉で溢れていた。その言葉たちに思わず涙が滲む。
今すぐスガさんに会いたい。会って話をしたい。きちんと謝りたい。だけど、今はまだ駄目だ。きちんと受験生としての本懐を遂げた自分で会いたい。ちゃんと一人でもやれるって、大丈夫って証明したい。僅かでもいいから大人になった自分を見せたい。
もう子どもの自分は、弱くてすぐに逃げ出す自分はいらない。





気が付いたら、走っていた。

第一志望の大学の大きな掲示板に張り出された紙にはっきりと書かれた自分の受験番号。目を疑って何度も何度も確認して、それでも見間違いなんかじゃない、受かったのだと認識した瞬間には、同じように合格発表に来ていた受験生の人混みを押し分けて飛び出していた。

息を切らしながら、いつしか慣れた道をひた走る。会いたい。会いたい。会って話したい。一方的に言葉をぶつけて飛び出したあの日以来、ずっと堪えてきた分、気持ちが募る。ただ会いたい。その思いだけを胸に全力で走る。
こんな風に全力で走るのなんて、随分久しぶりだ。部活を引退してからは、大好きなバレーは一切封印してきた分、体力の低下を顕著に感じて、苦笑する。明日からまたバレーを始めよう。ついこの間卒業してしまったから、あの体育館にはもう戻れないけれど、それでもボールに触りたい。走りたい。跳びたいと切に願う。先生に報告に行くついでに、体育館にも顔を出してみようか。

三階建てアパートの二階の角部屋。201号室。肩で息をしながら、インターホンを押してから気がついた。今の時刻はまだ昼前。しかも金曜日だ。この部屋の住人がいる筈がない。ピンポーンと響いた電子音がやけに虚しい。

「どんだけ余裕無いんだよ…。」

自嘲しながら、ずるずるとその場にしゃがみこんで項垂れる。走ったせいで三月上旬だというのに暑い。流れる汗を乱暴に制服の袖で拭う。

「アホくさ。」

ぐしゃりと短い髪を掴む。
自分の愚行に笑えてさえくる。確かにずっと会いたかったけれども。もし受かったら、その時は一番に会いに来ようと決めていた。前期試験が駄目だったら、その時は後期試験の結果が出るまでは会わないし、連絡もしない覚悟もしていた。…その覚悟は幸いにも不要になったけれど。
とはいっても、これは余りにも馬鹿らしい。恋は盲目だなんていうけれど、見えていないにも程がある。

「馬鹿だよなあ。」

呟きながら一人苦笑いする。とりあえず両親に報告をして、学校に行こう。それで担任に報告をして、バレー部の後輩たちに会いに行こう。
スガさんに一番に伝えたかったけれど、物理的に不可能なのだから仕方ない。まさか保育園に乗り込む訳にも行かないし、電話やメールじゃ嫌だ。ちゃんと顔を見て伝えたい。

気を取り直して、すっくと立ち上がる。

「よし、行くか。」

こんなにも晴れ晴れとした気分はいつぶりだろう。随分久しぶりのような気がする。何気なく仰いだ空は青く澄んでいて、思わず笑みが溢れた。