「こんばんわー。」

カラカラと保育園の教室のドアを開けると、暖かい空気に包まれる。寒さで凍てついていた頬が溶けるような感覚に頬を緩ませる。

「あら、おかえりなさい。」

出迎えてくれた声に、どきりと心臓が冷えた。どうして貴女がそこにいるんですか。どくんどくん、と脈を打つ。

「あ、の、神田先生は、」

喉がからからに渇いて痛い。双子の担任の先生は神田先生の筈なのに。どうして。

「ああ、今日神田先生お休みなのよ。体調崩してしまったんですって。」
「そう、ですか。」

でも、だからって、どうしてよりにもよって篠宮先生なんだろう。私のそんな思いなど知る由もなく、双子が無邪気に足に絡みついてくる。

「かえろー。」
「おうちにかえろー。」

そうだね、と遥翔と隼翔に微笑み返す。もうすぐ一年生になる二人は随分と大きくなった。子どもの成長はあっという間だと誰かが言っていたけれど、私はどうだろう。今よりはもう少しだけ強かった筈の自分に戻ろうと足掻くなら、それは今じゃないのだろうか。

「あの、篠宮先生。」
「何?」

意を決して口を開く。両手をぐ、と握り締める。

「スガさんのこと、どう思ってるんですか。」
「どう、って、」

驚きに見開かれた篠宮先生の目を真っ直ぐに見つめる。

逃げるな。

「好き、なんですか。」
「…ええ、好きよ。」

はっきりと言われた言葉に目眩がしそうになる。
ああ、やっぱり。篠宮先生も好きだったんだ。こんな人に私が敵うのだろうか。大人で美人で色気があって。子どもで色気なんて微塵もない私が敵うのだろうか。スガさんは、それでも私を選んでくれるのだろうか。

弱気になるな。適わなくても、諦めるな。そうやって今まで走ってきたじゃない。必死に食らいついてきたじゃないか。

「っ、私、負けません。スガさんのことが好きだから。スガさんのこと諦めません。」
「そう。頑張って。」

目を細めて篠宮先生が微笑む。

「おはなしおわった?」
「おわったの?」

ずっと黙っていた双子に聞かれて、彼らは彼らなりに気を使ってくれていたのだと気づく。二人の頭を撫でる。

「うん、終わった。帰ろうか。」
「うん!」
「かえる!」

お世話になりました、と頭を下げる。またね、と手を振った篠宮先生に、双子が手を振り返す。握り締めたままだった拳を開いて、代わりに二人と手を繋ぐ。

さあ、帰ろう。
私がいたい場所へ。意地とか臆病なんてもういらない。私が私でいられる場所へ帰るんだ。