スガさんと付き合って一年と半年ちょっと。進級してからは、双子の担任もスガさんから別の人に変わってしまって、スガさんに会える機会はめっぽう減ってしまった。一週間に一度会えれば良い方で、二週間、時には三週間近く会えないこともしばしばあった。それはスガさんの仕事が忙しかったり、私は練習だったり、引退してからは補習だったり。 受験が差し迫れば迫る程、スガさんと会える時間は減っていったような気がする。

会っても、前ほどキスやハグをしてくれなくなった。何度も訪れたスガさんの部屋で二人でいても、私から強請っても触れてくれなくなった。時折触れるだけのキスを交わして、ほんの少し抱きしめてくれるだけ。それ以上は決してスガさんは私に触れようとしない。私から伸ばした手も、のらりくらりと躱されてしまう。

「やっぱ男ってグラマラスな人がいいのかなあ。」

乳も何も無い私の貧相な体じゃ触れる気もしないということだろうか。

「急にどうした。」

事の顛末を話して聞かせると、祐也はガキかよ、と冷たく吐き捨てた。智は今日は入試に行っているせいでいない。その他にも空席がちらほらと目立つ。

「ですよねー…。私もさすがにあれは無いと思うわ…。」
「だったらさっさと謝ってこいよ。」
「そうなんだけどさー。もうこうなると意地っていうか。」

何度も何度もケータイにかかってくる着信やメッセージは全部無視している。自分から拒絶したくせに、もしスガさんに同じように拒絶されたら、と考えるだけで怖くてケータイに触れずにいる。
我ながら本当にどうしようもない。

「くっだらね。」

そう吐き捨てる祐也の言葉は尤もだ。だけど、でも。言い訳ばかりが募る。
ああ、もう、本当にどうしようもない。嫌で嫌でたまらない。何もかも。そう思ってるくせに言い訳は止まらない。

「でもさあ、最近スガさん全然触ってくれないんだよー…。それって私には興味無いってことなのかなあ。」

私は触りたいのに。もっと触れてみたいって。触れて欲しいって思うのに。私がはしたないのかな。

「…まあ、お前の場合、摂取した栄養全部、身長と筋肉にいってるって感じだしな。グラマーな女とどっちががいいって言ったら、グラマーな方選ぶよな。」

祐也の軽口にも返す言葉が無い。身長はさすがに止まったけれど、部活も引退したとはいえ、息抜きと銘打ったにランニングは今もかかさないせいか、それほど太ってはいない。それでも少しずつ筋肉が脂肪に変わっても、胸のサイズは一向に変わらないのだから、涙が出る。
カッコイイ、と女の子たちがちやほやしてくれるこのルックスを、これほどまで恨んだことは未だかつて無い。もう少し胸があって女らしい体つきだったら、こんな風に悩むこともなかったのだろうか。自分の外見が、体がコンプレックスに変わるなんて考えたことも無かったのに。

「もうダメなのかなあ…。」

不意に、びし、と思い切り額を弾かれた。痛みに弾かれた額を抑える。

「ちょ、何すんのさ、」
「お前の悪いクセ。すぐ逃げて、勝手に諦めて勝手に折れる。」

負けたくねえって、折れたくねえって強気だったお前は何処行ったんだよ。

ぶっきらぼうに言い放った祐也の顔を呆然と見つめる。

「少しは変わったと思ってたんだけどな。俺の買い被りだったか。」

そう言って祐也がガタン、と席を立つ。すたすたと歩いて教室を出ていく。
ああ、前にも同じような場面に直面したことがあったな、とふと思い出す。
あれは確かスガさんと付き合う前だ。ファーストキスを奪われて謝られてしまって。どうしたらいいのか分からなくなって、向き合うことが怖くて逃げてしまった。あの時と今の私は何か変わっただろうか。痛みも悔しさも苦しさもたくさん味わって。それで少しは強くなった気でいたのに。
これじゃあ、何も変わってなんかいないじゃないか。スガさんと向き合うことを今でも私は怯えてる。だって私は自分の口で耳でちゃんと聞いてない。どうして触れてくれないのか。その理由を、スガさんの口から、スガさんの言葉で聞いていない。
コンプレックスという簑に隠れて、他人を羨んで嫉妬して怯えて逃げたんだ。

「カッコわる…。」

自嘲するように呟いて、項垂れる。ゴツ、と鈍い音を立てて額が机にぶつかった。

今の私は最高にカッコ悪い。スガさんの前でカッコ悪いところを見せてたまるかとあれほど足掻いていたのに。苦しくても、何度でも立ち上がったのに。走ったのに。一人になった途端、これだ。情けなくて笑えてくる。
いつの間に私は弱い自分に戻ってしまったんだろう。

まだ、間に合うかな。
今ならまだ戻れるかな。

まだ、手遅れなんかじゃないですよね。