試合が終わるや否や、崩れ落ちるようにへたりこんだ。そのまま両手足を広げてばたん、と仰向けに倒れる。

「お、わったー…。」

あの後必死に追い上げて一セット目を奪われた分、二セット目は取り返したものの、結局三セット目を取れず勝つことは出来なかった。悔しい。だけどそれ以上にやりきったという充実感に満たされているのは、これが遊びの試合だからだろうか。それともエンジンがかかるのが遅かったとはいえ、技術もパワーも何もかも自分より格上の相手に全力で戦えたからだろうか。自分の力が通用したとは思えない。それでもスガさん達相手に善戦出来たのは、紛れもない田中さんや西谷さん、山口さんのおかげだ。

腕が、体中がひりひり痛い。東峰さんや澤村さんの強烈なサーブやスパイクは、今まで味わったことがない。上げるだけ、触るだけで精一杯だった。落とさないために、繋ぐために、とにかく触った。それが腕じゃなくたって、胸だったり、…顔に当たった時にはさすがに泣きそうになったけれども。

「やっぱまだまだだなー。」

足りない。何もかもが、私にはまだ足りない。

「名前ちゃん、大丈夫?」
「へあっ!?」

突然ひょっこりと現れたスガさんのドアップに驚いて、変な声が出てしまった。う、あ、何だ、今の間抜けな声。すごい恥ずかしい。

「だいっ、大丈夫です。」
「そう?ならいいんだけど。」

はい、と差し出されたペットボトルを受け取って体を起こす。Tシャツの裾で顔の汗を吹いてから、ペットボトルの蓋を開けてドリンクを喉に流し込む。からからに渇いていた喉が潤っていくようで心地良い。

「…スガさん達、やっぱり凄いですね。こう言っちゃあ悪いですけど、何つーかもう、化け物みたいです。」

ペットボトルの蓋を閉めながら言うと、隣に腰を下ろしたスガさんがはは、と笑う。

「そっか、名前ちゃんから見たら俺ら化け物かー。」
「体力も技術もパワーも何一つとして、到底敵わないって思いました。この前は皆味方だったから気付かなかったですけど、実際に対峙して初めて分かりました。」
「でも、そんな化け物とちゃんと戦えてたべ、名前ちゃん。」
「それは田中さんたちのおかげです。それと、」

言いかけて何となく恥ずかしくなって口を噤む。

「それと?」

どうしよう、言ったら笑われないだろうか。たかが高校生が、小娘が何を、と思われないだろうか。
スガさんをちらりと見ると、優しい目と視線がぶつかる。

「私なりの、プライド、です。」

スガさんにカッコ悪い所なんて見せられない。折れたくない。気持ちで負けたくない。

「そっか。」

にっこり微笑んで頭を撫でてくれる。目を細めてスガさんの手を受け入れる。

「そういえば名前ちゃん、体大丈夫?」

聞かれて改めて剥き出しになった自分の腕や足を眺めてみると、至る所に痣が出来ている。そういえば胸でも何回かレシーブしたよな、と思い出してTシャツの襟首から平たい胸を覗きこむと、そこにもいくつか痣が出来ている。
…仕方ないとはいえ、どんどん人様に晒せない体になっていくよなあ、とぼんやりと考える。ほぼない胸に、周りの文化部や帰宅部の女の子に比べて筋肉質な体、加えて体のあちこちにある痣。同じバレー部の皆は自分と似たようなものだから、お互い今更何も言わないけれど、体育で着替える時にはクラスの女の子に何度心配されただろう。引き締まった体をカッコイイと言ってくれるけれど、男の人が見たらどう思うんだろう。スガさんにもし見られたら。幻滅、されてしまうだろうか。

「名前ちゃん?」
「へ、あ、いや、大丈夫です。慣れてますから。」

慌ててへらりと笑って誤魔化す。

何を考えているんだろう。幻滅なんて、スガさんがする筈なんて。でも本当に?無いって確証がどこにあるっていうの。いや、でも、そもそもスガさんに体を見られるなんて、そんなこと、早々あるわけないし。
そうだ。こんな時に一体何を考えているんだろう。

「うわッ!?」

不意にスガさんに抱きしめられた。突然のことに驚きを隠せない。じたばたと腕の中でもがいてみても、スガさんは一向に離してくれない。
いや、ちょ、待って、私今絶対汗臭いし、汗でベタベタしてるし、ていうか、皆さんの視線が痛いんですけど。見てる見てる、田中さんと西谷さんとか物凄い見てるんですけど。ていうか睨まれてません!?

「あの、スガさん、ちょ、離れて、」
「大地も旭も、名前ちゃんが相手だっていうのに全然手加減しないんだもんなー。いや、手加減したら名前ちゃんに失礼だけど、でもあいつらのボール受けたら名前ちゃんに痣出来ちゃうの当たり前じゃんなあ。」
「いや、えと、そうなんですかね、」
「そうだよ。田中と西谷もべたべた名前ちゃんに触るしさあ。」

そうでしたっけ。まあ、言われてみれば確かに背中とか肩を叩かれたり、髪を撫でられたりは何度もあったけど、それは試合中のコミュニケーションというか。田中さんや西谷さんじゃなくても、誰とでもしたと思うのですが。

私の首筋に顔を埋めたままスガさんがぶつぶつ嘆く。何とか逃れられないものかと、腕の中でごそごそ動いてみるも、抱きしめる腕の強さは増すばかりで、離れる気配はない。

「あの、スガさん、皆見てますし、」

恥ずかしいので離れて貰えませんか、と呟いてみる。

「いーの。見せつけてるんだから。」
「え?」
「名前ちゃんは俺の、って見せつけてるの。」

不貞腐れたような声でそう言ってぎゅう、とまた抱きしめられる。そろり、と視線を遠巻きに私達を見ている田中さん達に向けると、やっぱり彼らは私達を威嚇するように睨んでいた。澤村さんと東峰さんは苦笑いを浮かべている。山口さんは少し顔を赤くしていて、月島さんは我関さずという様子でドリンクを飲んでいる。

あの、見てないで誰か助けて頂けませんか。

「…あの、スガさん、」
「何。」

まだ少し機嫌の悪そうなスガさんの声。こんな声を聞くのは初めてだ。今、スガさんはどんな顔をしているんだろう。

「もしかして、妬いてます、か?」
「もしかしなくても妬いてます。」

あっさりと認められて、思わず吹き出した。
スガさんがヤキモチを妬くなんて。そんなこと無いって漠然と思ってたのに。私ばかりが一方的にスガさんが大好きで、私が外で誰と何をしていたってスガさんが妬いてくれるなんてそんなこと無いって思ってたのに。試合中の何気ないコミュニケーションで嫉妬してしまうなんて。そんなの、まるで。

すごく愛されてるみたいじゃないですか。

「わーらーうーなー。」

けたけたと笑っていると、ようやくスガさんの腕が離れる。代わりに両頬をぐい、と引っ張られる。

「いひゃい、いひゃいへふって、」

少し照れたような、不機嫌そうなスガさんの顔。
ああ、そんな顔していたんですね。ようやく見れた初めての表情に、またへらりと緩む頬がお気に召さなかったようで、更に引っ張られてしまう。

「おーい、お前ら、いちゃついてないで、そろそろ次の試合始めるぞー。」

澤村さんの声で、私の頬を引っ張っていたスガさんの手が離れる。

「そりゃ彼女が他の男にべたべた触られてたら嫉妬するよ。」

先に立ち上がったスガさんが手を差し出してくれる。その手をとって立ち上がると、もう一度、ぎゅ、と抱きしめられた。今度はすぐに解放される。

彼女。嫉妬。その言葉尻を捉えて、何となく嬉しくなる。私は、私が思ってるよりもずっとスガさんに想われているのかもしれない、なんて都合の良い考えが脳裏を過ぎる。

「お前ら早く来いって。」

呆れ顔の澤村さんに急かされて、スガさんと顔を見合わせる。どちらからともなく、ふは、と吹き出す。

「行こっか。」
「はい。」

スガさんと一緒に澤村さん達の所へ駆け寄っていく。

さあ、まだまだ、これから。
ずっとずっと、何一つとして終わらない。