「おい、名字。すげえ顔になってんぞ。」

スガさんのかつてのチームメイトが集まるから、と誘われたのが約一ヶ月ほど前のこと。またスガさんとバレーができると浮かれながら、指定された午後一時に、指定の場所に向かった先で待っていたのは、五月の連休の時にお世話になった人達(スガさんの部屋にあった写真の人達)だった。今回は人数も足りないから、適当に四対四をやろうという澤村さんの提案で、チーム分けをすることになったところまでは良かったのだけれど。

「別に、何でスガさんと同じチームじゃないんだ、とか、スガさんのトス打ちたかったとか、誰か代わってくださいよ、とかそんなこと全然思ってないですよ。」
「思ってるんだな。」

呆れ顔で突っ込んだのは同じチームになって、一緒にアップをとっている田中さんだ。

「まあ、もしかしたらメンバー変えて二ゲーム目とかやるかもしれないしさ、」

同じく一緒のチームになった山口さんが励ますようにそう言ってくれたけど、それって一体何ゲームやるつもりなんだろう。延々四対四をやるのはかなりハードだと思うのは私だけなんでしょうか。

「テンション低いぞ、名字!」

ばしっと西谷さんに背中を叩かれる。いや、スガさんと同じチームだったら私ももっとテンション高かった筈なんですけど、という言葉は飲み込む。代わりにスミマセン、と口だけで謝っておいた。
ネットの向こう側では、スガさんが楽しそうに東峰さんとアップをしている。いいなあ。私もスガさんとやりたかったなあ。あああ、マジで東峰さん代わってくれないかな、と怨念を送ってみたところで届く筈もなく、田中さんに早くしろと怒られた。



澤村さんの声を合図にゲームが始まる。四対四だから、いつもと違って一人当たりの負荷が多い。とは言っても、遊びでは三対三だってやっているし、その点ではどうってことはない。後衛に山口さんと西谷さん。前衛にいる私は、同じく前衛にいるスガさんとネット越しに向き合う形になる。保育園にいるときとも、私と二人でいるときに見せる顔ともまた違う表情。その顔が味方だったらよかったのに、とぐだぐだ内心で嘆いている間に、東峰さんのサーブが入って、西谷さんがレシーブする。さすがリベロというべきか、西谷さんというべきか。綺麗に上がったボールの落下点を素早く読んで、その下へ入る。お世辞にも綺麗とは言えないけれど、田中さんへとトスを上げる。
勢いよく相手コートへと叩きつけられたボールを見送ってから、ガッツポーズをする。

「よっしゃ!」
「やるじゃねえか!名字!ナイストス!」

田中さんとハイタッチを交わした後、わしゃわしゃと乱暴に髪を撫でられる。

「わっ!?」
「次もこの調子で頼むぜ!」
「、っはい!」

そうしてまたゲームが再開される。人数が少ない分、本当にしんどい。ブロックもスパイクもトスもサーブもレシーブも全部やらないといけない。しかも相手は、かつて春高へ行ったという人達だ。
息が切れる。苦しい。息苦しくてたまらない。
酸欠になった頭が、これが全国レベルだと、ただでさえ男女の差があるのに、加えて社会人と高校生との差があって、それでも敵うと思っているのか、と妙に冷めたことを考える。ちらりとスコアボードを横目で見る。気がつけば、二セット目、19対14でこっちが5点ビハインド。まだ、追いつける。でも、苦しい。少しでも気を抜けば足が止まってしまいそうだ。

「名字!」

鋭く呼ばれる。渾身の力で打ったスパイクは、月島さんのブロックに阻まれてコート上に落ちた。
ああ、これで向こうは二十点台にのってしまった。今日のゲームはやけに苦しい。今まで何度だって男子と試合してきたのに。…ああ、そうか。これが圧倒的な力の差ってヤツなのかな。パワーも技術も高校生とは比べ物にならない。ましてや、男と女なんだから、適わなくて当然じゃないか。

適わなくて当然。
一瞬過ぎった考えに、はっとした。今、私は何を考えた?適わなくて当然?なんだそれ。そうやって適当に理由つけて、自分を誤魔化すつもり?
そうやって逃げるの?

東峰さんの強烈なサーブが目前に迫る。

どうするの。敵わないなら避ける?弱気な自分が囁く。冗談じゃない。こんな所で逃げてたまるか。大好きなスガさんだって、ネットの向こうで見てるのに。カッコ悪い所なんて見せられない。

鈍い音を立ててボールが上がる。反動で体が沈む。慌てて態勢を立て直すも、ボールはダイレクトで相手コートに返ってしまった。

「スミマセン!」
「上がっただけで十分だ!」

そう田中さんが言ってくれたけど、ネットの反対側ではスガさんが綺麗にトスを上げる。澤村さんのスパイクが私のブロックの手に当たってコート内に落ちる。だけど、その直前に西谷さんがカバーに入る。もう一度上がるボール。それを田中さんが繋いで、また私の元へと返ってくる。

怯えるな。力の差が何だっていうの。そんなの最初から分かっていたことじゃない。だから今日参加させて貰ったんだろ。何のためにここへ来たの。スガさんスガさん、なんてふわふわしてるから、こんなことになるんだ。

早く目を覚ませ。

もう一度打ったスパイクは、スガさんと月島さんのブロックの横をすり抜けて、相手コート上に落ちた。

「よくやった、名字!」
「名字やったな!」
「すごいよ、名字さん!」

田中さん、西谷さんに背中をバシバシと叩かれる。三人とハイタッチを交わして、それぞれ配置に戻る。

「よっしゃ、もう一本!」

思い切り叩かれた背中が痛い。だけど、さっきまでの鬱々とした弱気な自分はもういない。
息苦しい。
でも、まだ大丈夫。まだ、走れる。まだ、跳べる。