スガさん、如何お過ごしでしょうか。もやもやしていた気持ちがふっきれて、晴れて決着がついたというのに、どうして私はこんなに鬱々とした毎日を過ごしているのでしょう。勝手に頬が緩んでいた幸せな日々などは束の間で、今は苦しくて寂しくてたまりません。

「バレーとテストが憎い…。」

机に額を乗せて項垂れる。広げた試験勉強用のノートは白いままで、一向に進まない。

「どうした、急に。」
「スガさんに会いたい…。」
「毎日会ってんだろ。」
「そうだけど、お迎えだけだもん。何つーか、こう、業務連絡みたいな対応ばっかりなんだよー。」
「そりゃ向こうは仕事中なんだから、当然じゃねえの。」

いつになく辛辣な智の言葉に、がばっと顔を上げる。ローテーブルの向こうで黙々と勉強している智の肩に掴みかかる。祐也は彼女と仲良く勉強するとかで、今日は智と二人で一緒に勉強だ。いいなあ、彼女と勉強。私もスガさんと一緒がいいなあ。何で智と二人で勉強なんかしなくちゃいけないんだ。

「付き合いたてって、もっとこう、らぶらぶいちゃいちゃするものじゃないのッ!?」
「俺に聞くな!」
「ああ、そうだよね、智彼女いた事無いもんね。バレーバカだから。」
「お前も同じだろうがよ。」

掴みかかっていた手を乱暴に払い退けられる。それよりここ分かんねえんだけど、と聞いてきた智から、ふい、と顔を背ける。

「只今スガさん欠乏症につき、答える気力がありません。」

はああ、と智が盛大なため息を吐いた。ちらり、と横目で見ると、彼は伸びをしてからダラリと座った。

「何、菅原さんと全然会ってねえの?」

諦めたのか、話を聞いてくれる気になったらしい智をぱっと見つめる。その顔は至極面倒くさそうだけど、聞いてもらえるだけマシだ。

「全然ていうか、一度も会ってない。」

スガさんが好きって言ってくれて、二人ともジャージ姿のままラーメンを食べたあの日から、一度として会っていない。毎日練習に明け暮れている内にスガさんと会うタイミングを見失ったまま、テストが近くなって、テストが終わるまで会いません、とスガさんにメールで宣言された時には、さすがに泣きそうになった。

「なんつーか、あれだな、ご愁傷様、だな。」
「他人事だと思って…。」
「でも仕方ねえんじゃん?俺らが練習ばっかで忙しいのは今に始まったことじゃねえし、テストがあるってなったら、そりゃそっちに集中しろって言うだろ、普通。」
「そうだけどさー、少しくらい会ってくれたっていいじゃんかー。」

再び机に額を乗せて項垂れる。スガさんに会いたい。会ってあの優しい笑顔に包まれたい。もっとたくさん話したい。側にいたいのに。気がつけばもう二週間会っていない。

「テスト終わったら会ってくれるって言ってるんだろ?あと一週間じゃねえか。それが終われば夏休みだし。」
「まだ一週間もあるよ…。」

テストが終わって夏休みになったって、授業の時間が部活に取って代わるだけで、結局朝から晩まで毎日バレー漬けになることは変わらない。こうなってくると、世の中のカップルは一体どうやってデートしたり会う時間を作っているんだろうと不思議にさえなってくる。

「とりあえず勉強しようぜ。恋愛に現抜かして赤点取るとかシャレになんねえし。」

確かに万が一赤点取りました、なんてことになったら情けなくてスガさんにあわせる顔がなくなりそうだ。下手したら会ってさえもらえないかもしれない。
考えて背筋が冷える。それだけは何としても回避しなくては。これ以上会えない時間が続くなんて冗談じゃない。

項垂れたままだった顔を上げて、開いたものの手をつけていなかった数学の問題集に向き直る。今はとにかく勉強に集中しよう。明日からのテストを乗り切れば、スガさんは会ってくれると言っているのだ。忘れろ。忘れるんだ。スガさんのことなんて、

「名前、ケータイ鳴ってる。」
「え、いいよ、後で。」
「いや、菅原さんから電話、」
「えっ!?」

スガさんのことを一時脳内から撤去して勉強に集中しようとした矢先に、電話だと智に指摘されて机の上のケータイを見る。確かに画面に表示されている「菅原孝支」の文字。着信を告げるケータイを引っ掴んで電話に出た。

「っひゃ、はい、こちら名字でございます!」

緊張で変な応答になってしまった。それを聞いていた智が、ぶふっ、と吹き出す。智、あとでシメる。
電話の向こうでも同じようにスガさんが吹き出した気配がする。ああ、もう、恥ずかしい。スガさんと電話なんてほとんどしたことがないから、緊張する。

「菅原だけど、今大丈夫?」
「大丈夫です!」

思わず正座になって姿勢を伸ばしてしまう。

「メールでいいかなと思ったんだけど、声が聞きたくなっちゃって。ごめんね、テスト近いのに。」

声が聞きたくなった。その一言が嬉しくて、へらりと頬が緩む。会いたくて寂しいと思ってたのは私だけじゃなかったのかな、と自惚れてしまいそうになる。

「いえ、私もスガさんの声聞きたかったです、っていうか会いたいです!」
「うん、俺も会いたい。テスト終わったら時間作って会おうね。」

電話越しに聞こえるスガさんの声が優しくて、愛しくて好きだと改めて思う。どうしよう、声聞いたらもっと会いたくなってしまった。明日のお迎えの時勢い余って抱きついてしまったりしたらどうしよう。いや、でも、明日からテストで帰り早いし、他の子の親とかもいるわけだし、そんなことする訳にはいかない。

「あ、それで用件なんだけど。」
「はい。」
「まだ来月の話なんだけどさ、盆休みのどこかでまた昔のチームメイトと都合合わせてバレーやろうって話があるんだけど。」

良かったら名前ちゃんも一緒にどうかな。嬉しいお誘いに既に高かったテンションが更に上昇する。また、スガさんとバレーが出来る。五月の連休以来、スガさんがトスを上げる姿を見れていないから、久しぶりにその姿を拝見出来るなんて。
ついさっきまでバレーさえ疎ましく思っていた自分などすっかり棚に上げて、バレーをやっていて良かったと感謝さえしてしまう。

「行きます!是非参加させて下さい!」

即答すると、電話の向こうでスガさんが嬉しそうな声で笑う。

「分かった。じゃあ人数に入れておくね。はっきり日にちとか決まったらまた連絡するから。」
「はい、お願いします!」
「じゃあ、また。勉強頑張ってね。」

そう言ってぷつりと切れた電話。頬がだらしなく緩む。また、スガさんにトスを上げてもらえる。スガさんが上げてくれたトスを打てる。たったそれだけのことなのに、嬉しくてたまらない。

「よっしゃ、勉強頑張る!」
「…急にどうした。」
「内緒!」

勉強頑張って、さっさとテストなんて終わればいい。そうしたら、来月になったら、またスガさんと、あの人たちとバレーが出来る。私はまたきっと、成長できる。