「お話したいことがあります。少しでいいので、時間を頂けませんか。」

そう送ったメールの返信には、「土曜日に烏野へ行く予定なので、そのあとで。」とあった。
もうすぐ、決着をつける時がやってくる。良くも悪くも、今日で自分の気持ちにも、スガせんせいとの関係にも決着がつく筈だ。

「校門で待ってる。」

練習が終わって、ケータイに送られてきたメッセージの着信時間は数十分前。慌てて着替えて、部室を飛びだすと、校門へと全力疾走する。走りながら、初めてスガせんせいに会った時も私は全力疾走をして息をきらしていたな、とふと思い出す。

「スガせんせい!」

校門に外で立っていたスガせんせいに声をかけると、スガせんせいはお疲れ様、と微笑んでくれた。

「そんなに走ってこなくても良かったのに。」
「だ、って、スガせんせ、待たせた、ら、」
「練習だったんだから仕方ないべ。」

ジャージ姿のスガせんせいが笑う。私の息が整うのを待ってから、スガせんせいがゆっくりと歩きだす。

「ここじゃ何だから、少し移動しようか。」

スガせんせいの一歩後ろを歩く。今日は町内会チームとして男バレと試合をしに来た、とスガせんせいが話す。やっぱり高校生って若いね、体力がついていかないよ、と明るく話すスガせんせいの言葉に曖昧に頷く。これから話す本題が気になって、不安で、耳に入ってこない。ゆっくりと歩くスガせんせいの後ろをただひたすらに歩いていく。
しばらく歩いて近くの公園へと足を踏み入れる。適当に空いていたベンチに、スガせんせいと少し距離を置いて腰掛ける。沈黙が広がる。

「あの、」

先に口を開いたのは、私の方だった。

「私、スガせんせいとちゃんと話をしたくて、」

本当は今でも怖い。不安ばかりが募る。だけど、闘うと決めたのだ。

「…俺も、ちゃんと話さなきゃって思ってた。」

スガせんせいの顔を見て話すのが怖くて、俯く。両膝の上に置いた両手をぐ、と握り締める。

「あのキスは、スガせんせいにとって間違い、でしたか。」

心臓が煩い。答えを聞くのが怖い。耳を塞ぎたい。

「間違いだなんて、思ってないよ。」

静かにそう告げられて、びくりと私の肩が揺れた。俯いていた顔を上げる。スガせんせいの横顔を見つめる。

「じゃあ、じゃあどうして謝ったりしたんですか。」

間違いじゃなかったら、どうしてごめん、なんて言ったの。

「あの日、名前ちゃんとのデートが本当に嬉しくて楽しかったんだ。このまま帰したくないって本気で思ったりもした。」

だから帰りたくない、って言った名前ちゃんが可愛くて愛しくてたまらなくなって、キスした。そう話すスガせんせいの顔は俯いていて見えないけれど、静かにゆっくりと言葉が紡がれていく。

「でも、躊躇った。もしかしたら名前ちゃんの気持ちは、その年頃によくある単なる大人への憧れかもしれない。もしそうだとしたら、それを大人の俺が良いように誘導して利用するのは間違ってるんじゃないかって。」
「そんな、」
「だから離れようと思った。名前ちゃんがいるべき場所で、名前ちゃんがするべき恋ができるように。男としてじゃなくて、ただの保育士として接しようと思ってた。」

だけど。そう呟いたスガせんせいがゆっくりと顔を上げて、ただその横顔を見つめるしか出来なかった私を見つめる。真っ直ぐな視線に射抜かれる。

「無理だった。やっぱり俺は名前ちゃんが好きで、手に入れたいって、側においておきたいって思うんだ。」

スガせんせいの顔が何だか泣きそうに歪んでいる。私までつられて泣きそうになる。

「名前ちゃんが好きだよ。」

声が詰まった。目の前にあるスガせんせいの顔が滲んで、視界がゆらゆらと揺れる。

「うそ、」

思わず溢れた声に、スガせんせいが嘘じゃないよ、と微笑む。

「弟君達に見せる大人びた表情も、バレーしてる時の一生懸命で真剣ででも楽しそうな顔も、俺の前でくるくる変わる表情も、無邪気な笑顔も、全部愛おしいって思うよ。負けず嫌いな所だって、勝気な性格も、男の子みたいに格好いいところだって、」
「ちょ、ちょ、も、もういいです、もう分かったので止めてください。」

つらつらと並べ立てられて、恥ずかしくなって俯いて止める。涙は止まったけれど、代わりに顔が熱い。

「本当に?分かった?」

顔を覗きこまれて、慌ててこくこくと首を縦に振る。ちらり、と横目でスガせんせいを見ると、楽しそうに笑う目と視線がぶつかった。おずおずと顔を上げると、既に顔を上げていたスガせんせいがにっこりと笑っていた。

「あの、」
「うん。」

小さく深呼吸をする。ゆっくり息を吸って、吐き出す。

「スガせんせいが好きです。」
「俺も好きだよ。」

柔らかく微笑まれて、私もつられるように笑みを浮かべる。心臓がドキドキ煩い。だけど、そこには不安はなくて、幸せで全身が包まれているような感覚。

ぐううううー。

不意に聞こえた間抜けな音に、さっきまでのふわふわした空気が一瞬にして消え去った。目を丸くしたスガせんせいがふ、と吹き出す。私の顔は恥ずかしさと居た堪れなさで一気に顔が蒸気する。

「くくく、」
「す、スミマセン、私、こんな時に、」

ああ、もう、何でこんなタイミングでお腹が鳴るんだよ。確かに今日は不安と緊張でろくに食べれなかったけど、でも、よりによってこんな時に鳴らなくたって。もう少し我慢しろよ、私の腹。

「大丈夫、大丈夫。そうだよなあ、腹減ったよなあ。」
「スミマセン…、」
「よし、何か食いに行こうか。俺も腹減ったし。」

笑い終えたスガせんせいが、私の頭を撫でてから立ち上がる。す、と目の前に差し出されたスガせんせいの手とスガせんせいの顔を交互に見る。

「手。」

言われておずおずと手を差し出すと、ぐい、と引かれて立たされる。そのまま指を絡めるようにして繋がれる。

「す、スガせんせい、手、」
「それ、やめない?」
「え?」
「せんせい、っていうの。」

せんせいって呼ばれると俺犯罪者っぽいじゃん、とスガせんせいが笑う。どうしよう、と逡巡してゆっくりと口を開く。

「え、と、じゃあ、スガ、さん?」
「んー、ま、今はそれでいいか。」
「え?」

ダメだったのかな、でも他に何て呼べばよかったんだろう、と考えていると、繋がれていた手を軽く引かれる。

「名前ちゃんは何食べたい?」

にっこり笑顔のスガせんせ、スガさんに聞かれてしばし考える。ぱ、と思い付いたものがそのまま声に出た。

「ラーメン。」

呟くと、スガさんがふは、とまた笑い出す。あれ、私何か変なこと言ったかな。

「うん、いいね。ラーメン。行こう、行こう。」
「あの、スガさん、何で笑って、」
「いや、名前ちゃんらしいなと思って。」

手を繋いだまま歩き出したスガさんに引かれるようにして歩き出す。スガさんはまだ笑っている。

互いの指を絡めるように繋がれた手が熱い。
心臓がドキドキ煩い。
だけど、それは多分幸せの証なのだと思えば、悪く無い気がする。