延長保育の時間ギリギリに保育園に駆け込むと、勢いよく双子に飛びつかれた。

「なまえちゃん!」

二人同時に私の名前を呼んで両足に飛びついてきた二人の頭を撫でながら、目線を合わせるようにしゃがみこむと、目を真っ赤に泣き腫らした双子と目が合った。私もこの間は同じような顔をしていたのだろうか、とふと思う。

「あれ?二人とも、どうした?」

私の頬をつついてここ、と聞くと、双子の目がみるみるうちに涙目になっていく。遥翔も隼翔も揃って頬に引っ掻き傷が出来ている。微かに血が滲んでいて、痛そうだ。

「今日クラスの和希くんと喧嘩した時に引っ掻かれて…。申し訳ありませんでした。」

頭を下げたスガせんせいを見上げる。

「相手の子に怪我は、」
「ありません。遥翔くんと隼翔くんに髪を引っ張られて泣いてしまいましたが…。」
「あの、どうして喧嘩したんですか?」

顔を上げたスガせんせいと目が合う。こんな風にまっすぐにスガせんせいの目を見たのは随分と久しぶりのような気がする。ずっと避けていたから。目を合わすことも、顔を見ることさえ。私をまっすぐに見つめるスガせんせいの顔は、申し訳なさそうに歪んでいる。

「なまえちゃん、おとこだって、いった。」
「なまえちゃん、は、おんなのこ、なのに。」
「え?」

ぐすぐす、と泣きながら双子が言う。
私?何で私が出てくるんだ。

「名前ちゃんのことを男みたいだ、って相手の子が揶揄したみたい。それが悔しかったようで。」
「何で、私のことを、」
「…保護者の間でも、良くも悪くも名前ちゃんは有名だから。男の子みたいでカッコイイ、って話してるのを聞いたんじゃないかな。」

普段は延長保育ギリギリの時間に迎えに行くから、他の保護者と顔を合わせることはほとんどないけれど、たまにテスト中等、早く帰れる日は通常通りの時間に迎えに行くことがある。確かにその時、ちらちらと見られる視線やひそひそ声を感じていた気がする。一々気にしていたらキリがない、と気にも止めていなかったけれど。そうか。ここでも私はそんな風に見られていたのか。

「それじゃあ、二人は私のために喧嘩したんですか。」

私なんかを守るために。双子はその小さな体で闘ってくれたというのか。

スガせんせいがふわりと柔らかく笑う。久しぶりに見たその笑顔に胸が締め付けられる。

「馬鹿だなあ。私が男みたいってバカにされるのなんてもう慣れっこなのに。何で二人が傷つくの。」

両手を広げて双子を抱きしめる。だって、とか、なまえちゃんが、とぐずる二人の頭をよしよしと撫でる。

「ありがとうな。私のために喧嘩してくれて。でも自分が痛い思いしても、相手にも痛い思いさせちゃだめだろ?」

明日ちゃんと謝ろうね。二人の顔を覗きこんでそう言うと、二人同時に頷く。それを見て微笑み返して、また抱きしめる。双子が落ち着くのを待ってから、ようやく立ち上がる。

「お世話になりました。」

帰る支度をした双子と手を繋いだまま、頭を下げる。同じように頭を下げたスガせんせいと同時に顔を上げて、踵と返した。

双子を見ていて気がついた。小さな体で彼らなりに一生懸命に闘ってくれた、その姿に勇気が湧いた。
私は喧嘩さえしていない。スガせんせいに傷つけられて、その傷に痛みに狼狽えるばかりで、正面からぶつかってもいないと。こんな小さな子どもにも出来ることが、どうして私は出来なかったんだろう。傷つけられて痛いから、相手を同じように傷つけて、痛みを与えることが正しいとは思わない。だけど、傷つけられた、と、痛いと、そう伝えるくらいはきっと許される筈。傷つくことを怖がってたら、闘う事なんてできない。闘えば相手だけじゃなく、自分も傷つくことを、小さなこの子達でさえ知っている。その上で必死に闘ってくれたというのに。どうして私一人だけ、闘いもせずに逃げているんだろう。

大事な何かを守る為には、時には闘うことだって必要なのに。それは人だったり、思いだったり。痛いのは傷ついたことに気付いて欲しい体や心の訴え。立ち止まって、傷を癒してという願い。でも、ただ立ち止まっていれば、時間が経てば癒える傷ばかりじゃない。少なくともこの傷を癒すには、ちゃんとスガせんせいと向き合わないと。

逃げるなと言った祐也の言葉が脳裏に蘇る。逃げてるから子どものままなんだ、と。

スガせんせい。私は覚悟を決めました。今度はもっと傷つくかもしれない。スガせんせいを、傷つけてしまうかもしれません。だけど、その時にはちゃんと応えてくれますか?