「で?一体何があったんだよ?」

昨夜はただただひたすら泣いた。帰るなりベッドに倒れ込んでただただ泣いていた。
おかげで目は真っ赤に腫れ上がってしまって、朝から会う人会う人に心配されている。その度に苦笑いを浮かべて、ちょっとね、と誤魔化していたけど、目の前にいる祐也と智はそれでは済ませてくれないだろう。のろのろと弁当を食べながら、事の顛末を話すと、二人は複雑な表情をした。

「あー…、そうか…」
「それは…、なぁ…」
「何?珍しくはっきりしないね。二人して。」

てっきり私の味方してくれると思ってたのに。そう呟くと、二人が苦笑いを浮かべる。

「そうしてやりたいけどなー。」
「けど、何。」

言葉を濁す智を急かすように聞く。祐也と顔を見合わせて二人が黙り込む。
何なのだろう。幼馴染みが傷ついてるっていうのに、味方をしてくれる訳でもなければ、否定する訳でもない。言いたいことがあるならはっきり言ってくれればいいのに。いつもそうするみたいに。

「名前の気持ちも分かるけどさ、菅原さんの気持ちも分からなくも無いんだよな、俺。」

祐也が言うと、智も俺も、と頷いた。

「何それ、二人してスガせんせいの肩持つの。」
「そうじゃなくて。どっちもどっち、つーか。」
「意味分かんないんだけど。」
「とりあえず、もう一回菅原さんに会ってちゃんと話してこいよ。」
「嫌だ。会いたくない。言い訳とか聞きたくない。」

聞いてもし、ただの気紛れでした、なんて、あのキスは間違いで何の意味もありません、なんて言われたら立ち直れる気がしない。今以上に傷つくのが怖い。聞くのが、怖い。

「会いたくないって言ったって、弟の迎えはどうするんだよ?」

智に聞かれたけど、聞かれなくたって分かってる。会いたくない。お迎えだって行きたくない。だけど、行かない訳にはいかないから。

「行きたくないけど、行くよ。」
「だったら話も、」
「嫌だよ。話なんてしたくない。」

頑なに拒む私に呆れたように、黙って聞いていた祐也がため息をついた。

「お前さ、菅原さんに釣り合うように大人になりたいって、子どもじゃ嫌だっていうなら、言うだけじゃなくて、ちゃんと大人になれよ。そうやって逃げるから子どもなんだろ。」

正論を突かれて、言葉に詰まる。言い返したいのに、何一つ言葉が出てこない。だって、怖いんだよ。もうこれ以上傷つくなんて嫌なんだ。全部無かったことにされたら、そんなの悲しすぎる。逃げてるって、子どもだって言われたって、傷つくよりマシじゃない。…違う、そうやって自分に言い訳してる時点できっともう子どもなんだ。痛む傷を見て見ないふりしているんだ。だけど、やっぱりその傷に向き合う勇気なんて、今の私には無いの。

「勝手にしろよ。」

吐き捨てるように祐也が言って、ガタン、と席を立つ。それを見た智が慌てて祐也の後を追った。教室から出ていって空席となった二人分の席を私はただぼんやりと見つめていた。





重い足取りで向かった保育園で、お帰りなさい、と出迎えてくれたスガせんせいはいつも通りだった。いつもと変わらない笑顔で私を迎えて、いつもと同じ笑顔、セリフで私達を見送った。それが本当に、昨夜のことなど無かったことのようにされたみたいで、あのキスは間違いだったと言われたみたいで、また涙が溢れそうになる。

「なまえちゃん、どうしたの?」
「どこかいたいの?」

敏感に察知した双子に見つめられて、大丈夫、と無理矢理笑い返す。それでも双子は心配そうに私を見上げている。

「大丈夫だよ。何処も痛くない。」

痛い。本当は痛い。心が痛くてたまらない。

「ほんとう?スガせんせいもね、きょうなまえちゃんとおんなじかおしてたよ。」
「え?」
「スガせんせい、げんきなかった。」
「なかったよ。」

双子に口々に言われて目を見開く。
嘘。だってさっき会った時は、いつもと同じだったじゃない。元気ない素振りなんて、そんなの、全然。
私が気付かなかっただけ?それとも私の前では何でもないふりをしていたの?
ねぇ、スガせんせい、私には何がなんだか分かりません。私はどうすればいいんですか?スガせんせいはどうしてキスをしたんですか。どうして謝ったりしたんですか。どうして、私の知らない所で傷ついた顔見せるんですか。