とりとめのない会話をしながら歩く帰り道。送っていくよ、と言われ断る理由もなく、むしろまだ一緒にいたい、という欲求に抗えず、素直に甘えることにした。
ぽつりぽつりと照らす街灯の下をスガせんせいと並んで歩く。どうしようもなく帰りたくないと思うのは、一緒に過ごした時間が楽しかったからだろうか。それとも私が子どもだから?…篠宮先生の存在が頭をちらついて不安になるから?多分どれも間違いじゃない。

例えば、もし私がスガせんせいと同じようにもっと大人だったら、社会人だったら、こんな風に不安になることはなかったのだろうか。
例えば、もしスガせんせいが私と同じように高校生だったら、バレー部の男子に恋するただの女子でいられたのだろうか。

「たら」「れば」を言い出したらキリが無いことは分かっている。どんなにifの話をしたって現実が変わる訳じゃない。変えられない歳の差は永遠に埋まることは無い。分かってる。

分かってるのに。

「スガせんせいが高校生だったら良かったのに。」
「え?」
「それか私がもっと早く生まれて、スガせんせいと同じように社会人だったら良かったのに。」
「名前ちゃん?」

立ち止まって俯く。

言ってどうするの。こんなこと言ったって、どうにもできない、どうにもならないって分かってるのに、何でスガせんせいを困らせるようなことばかり言うの。

「そうしたら、こんな風に寂しくなったり不安になったり、歳の差を嘆いたりすることもなかったかもしれないのに。」

ああ、いやだ。やめて。もうこれ以上余計なこと口走るのはやめて。子どもだって思われたくない。面倒臭いって思われるなんてごめんなんだってば。

「帰りたくない。まだスガせんせいと一緒にいたい。」

こんなの本当に子どもみたいだ。自分の思い通りにならなくて、駄々をこねている幼い子どもと何も変わらない。

「名前ちゃん。」

名前を呼ばれて、俯いていた顔を上げる。苦し気に眉を寄せたスガせんせいと目が合う。

ああ、ほら。だから思った通りじゃない。スガせんせいが困ってる。
笑いなさいよ。冗談だって。言ってみたかっただけだって。そう言って笑ってみせなさいよ。笑え。笑え。

「スガせんせい、」
「何でそんなかわいいこと言うの。」
「え?」
「そんなこと言われたら、本当に帰したくなくなっちゃうでしょ。」

私が何か言う前に左腕を強く引かれて、スガせんせいに引き寄せられた。唇に柔らかいものが一瞬触れてすぐに離れる。何が起きたのか理解出来ないまま、抱きしめられた。

「スガ、せんせい?」
「…ごめん。」

そう言ってスガせんせいの体が離れる。

「帰ろう。」

私の方を見ようともせずにスガせんせいが歩き出す。その後ろを私はとぼとぼと俯いて歩く。視界がゆらゆらと滲んで揺れる。今はまだ泣きたくなくて、泣くまいと唇を噛み締める。目に浮かぶ涙を零すまいと乱暴に手の甲で拭う。

キス、された。抱きしめられた。でも謝られた。どうして謝ったんですか。謝るくらいならどうしてキスなんてしたんですか。抱きしめたりしたんですか。期待させるような台詞吐いたりしたんですか。
初めてだったのに。抱きしめられたのも、キスも全部初めてだったのに、どうしてそれが間違いだったみたいに謝るの。

喉元まで言葉は募るのに、さっきまで言いたくも無い言葉はどんどん溢れたのに、何で今になって何も言えなくなるの。都合の悪い自分の喉が、声がもどかしい。

ああ、もういやだ。早く帰りたい。早く帰って思い切り泣いてしまいたい。スガせんせいのいないところで早く泣きたい。こんな涙見られたくないと思うのは私のちっぽけなプライドだろうか。それともスガせんせいが好きだから?もう、どうでもいい。どうでもいいよ。

早く、この場から解放されたい。

不意に、前を歩いていたスガせんせいの足が止まる。顔を上げるとそこは自分の家の前で。やっとたどり着いた、と内心で安堵する。

「また、明日。」

おやすみなさい、と言ったスガせんせいはやっぱり私の顔を見てはくれなかった。おやすみなさい、と呟いた私の声を合図のようにして、スガせんせいが踵を返す。その背を見送ることもなく私は家の中へと駆け込んだ。

早く一人になりたかった。
あんなに帰りたくないと思っていたのが嘘みたいに、今は帰ってきたことにほっとしていた。