スパーンと軽やかな音を立てて、レーン上の全てのピンが倒れる。よし、とガッツポーズをして戻ってきたスガせんせいとハイタッチを交わす。

「スゴイ!スゴイです!スガせんせい、いきなりストライク!」
「いやいやそんな大したことじゃないって。」
「いいなぁ、いいなぁ、私も出来るかなぁ、」
「大丈夫だよ。」

背中をぽんと叩いてくれたスガせんせいの手に心臓が跳ねる。ドキドキするけど、スガせんせいが大丈夫って言ってくれると、本当に大丈夫なような気がしてくるから不思議だ。一緒にバレーをした時の記憶が鮮明に蘇る。

ボウリングの球を手に取る。どれがいいのか分からなくて、とりあえず適当に選んだボール。結構重くて戸惑う。
数歩助走して、ボールを持った手を後ろにスイングさせる。と、次の瞬間起きた予想外の出来事に慌てふためいた。

「わぁっ!?」

右手からすっぽ抜けたボールが後ろへ飛んだ。慌てて振り返ると、ドゴッと鈍い音を立ててボールが床へ落ちた。一瞬驚いた顔をしたスガせんせいがふは、と吹き出して盛大な笑い声を上げた。

「うわああああ!?す、すみません!!だい、大丈夫でしたか!?スガせんせい!」

ぺこぺこと謝っていると、スガせんせいが目尻に涙を浮かべながら大丈夫と返してくれる。とりあえず怪我をさせてしまわずにすんでほっとした反面、予想外の自分の失態が恥ずかしくてたまらない。穴があったら入りたいってこういうことをいうのかな。スガせんせいはお腹を抱えて笑い続けている。

あああ、もう、本当に恥ずかしい。ボウリングしたいなんて言わなければ良かった。

「ごめん、ごめん、ちょ、っと笑い過ぎたね、ごめん、」

息を切らしながらスガせんせいに言われても、私には返す言葉を持ち合わせていない。

「いや、俺も昔同じことしたことあってさ、」
「え?」

思いがけないスガせんせいのカミングアウトに目を丸くした。ようやく笑い終えたのか、スガせんせいが目尻に浮かんでいた涙を拭う。

「高三の時に一度大地と旭とボウリングに来たことがあって。」

大地と旭っていうのは、澤村と東峰ね、この前一緒にバレーやった、と補足されて、二人の顔を思い出す。

「俺も同じようにボール後ろに飛ばしちゃってさ、それを反射でレシーブしようとした大地を旭が止めてて、」
「え、こんなのレシーブしたら骨折れますよ。」

うん、そう。だから旭が止めてくれたんだけど。そう言ってスガせんせいが笑う。当時のことを思い出しているのだろうか。

「さっきの名前ちゃん見たら思い出しちゃってさ。俺と同じことする人がまさか他にいると思わなくて。」

くすくすとスガせんせいに笑われて、私はまた恥ずかしくなる。

「スミマセン、私ボウリングって初めてで、一度やってみたかったんです。」

正直に白状すると、スガせんせいはそっか、とにっこり笑ってくれた。

「大丈夫。俺が教えてあげるから。」

そう言って微笑んでくれたスガせんせいの笑顔が天使に見えた私は、頭がどうにかなってしまったのかもしれない。







「…え、スガせんせい、それ本当に食べるんですか?」

スガせんせいに教えてもらいながら、思い切りはしゃいだボウリングのあと、お腹が空いた私達はスガせんせいおすすめだという中華料理のお店に来ていた。スガせんせいの目の前に運ばれてきた麻婆豆腐に、思わず先に頂いていたレタス炒飯を食べる手が止まる。ついでに顔も引き攣っているに違いない。対するスガせんせいはにこにこと至極嬉しそうに、いただきます、と手を合わせた。

何ですか、それ。すっげえ赤いんですけど。

赤々として見るからに辛そうなそれが、笑顔のスガせんせいの口の中へと次から次へと消えていく。自分の分を食べるのも忘れて、呆然とその様を見つめる。

「食べてみる?」

私の視線が物欲しそうに見えたのか、スガせんせいが黙々と食べていた手を止めて私を見た。一瞬どうしようか迷う。食べてみたい。けど、絶対辛い。下手したら痛いレベルかもしれない。やめておけ、ともう一人の自分が忠告したけれど、勝ったのは好奇心だった。
頷くと、スガせんせいが麻婆豆腐をレンゲに一口分掬って、その形の良い唇でふうふう、と冷ましてくれる。そうして目の前に差し出されたレンゲに戸惑う。
え、ちょっと待って。これって、もしかしなくてもあーん、てヤツですか。ちょ、あの、恥ずかしすぎるんですけど、

「名前ちゃん?」

どうしたの?と言われて、う、と言葉を詰まらせる。恥ずかしいのは私だけで、スガせんせいにとってはどうってこと無いのかな。ああ、それって何か少し、悔しい。まるで私だけが子どもみたいだ。みたい、じゃなくて事実そうなんだけど。

意を決して口を開ける。スガせんせいの手によって、そっと私の口の中へ差し入れられるレンゲ。麻婆豆腐が私の舌の上に落ちて、離れていくレンゲ。

「辛ッ!!?」

思わず叫んでしまった。辛い。辛い。口の中が物凄く辛い。つーか痛い!!大慌てで飲み込んで、一気にグラスの中の水を飲み干す。

「ごめん!大丈夫!?」
「だいじょうぶ、です…」

びっくりした。口から火が出るかと思った。飲み込んだのに、まだ口の中がひりひりと痛い。スガせんせいが、テーブル上に置かれていたポットから空になった私のグラスへ水を注いで、手渡してくれる。それを受け取ってまた水を飲む。半分ほど飲んでようやく落ち着きを取り戻す。

「ごめんね、泣かせるつもりはなかったんだけど。」
「え?」

スガせんせいの顔を見つめると、スガせんせいの指がトントン、と自身の目尻を指差す。自分の顔の同じ場所へ手を触れると、確かに涙が滲んでいる。気が付かなかった。スミマセン、と謝りながら涙を手のひらで拭う。

「いやいや俺の方こそごめん。あとで甘いものも頼もうか。」
「はい。」

申し訳なさそうに微笑んだスガせんせいに笑い返して、自分のチャーハンを食べ始める。まだ少し口の中が痛い。よく食べられるなぁ、と口の中のチャーハンを咀嚼しながら、まじまじとスガせんせいを見つめていると、スガせんせいと目が合った。

「名前ちゃんのも一口ちょーだい。」

にこにこ笑顔で、あー、と口を開けたスガせんせいにまた戸惑う。ドキドキしながら、レンゲに掬ったチャーハンをスガせんせいの口の中へと運ぶと、嬉しそうに顔を綻ばせたスガせんせいにつられて私も笑った。