どうしよう。にやにやが止まらない。スガせんせいの連絡先をゲットしたその日の夜、早速来たメッセージは『今日は色々ありがとう。明日も練習かな?頑張ってね。』とのシンプルな内容。それだけでも幸せで翌日の練習は終始ご機嫌だったことは言うまでもない。連休が終わって今日からまた学校が始まっても、にやにやは止まらない。もうここまできたらこのままでもいいかな、とさえ思ってしまう。にやにや顔のせいで先生にやけに授業中当てられるけど、それもどうでもいい。
「名字くん、今日はずっと嬉しそうだね。」
「何かいいことでもあったの?」
「まぁね。でも可愛い君たちにまた毎日会える事の方がずっと嬉しいよ。」
ワントーン声を落として、女の子たちに甘い台詞を述べてみせると、彼女たちはきゃあ、と黄色い声をあげてはしゃぐ。今日の私はとかくご機嫌なのだ。いくらでもサービスしようじゃないか。
ジャージに着替えてクラスの女の子達と一緒に体育館へと足を運ぶ。先に来ていた祐也と智と目が合って、手招きされる。
「ちょうどいい、名前!お前も入れよ。」
「何に?」
「こいつらと今から昼飯かけて三対三やんだよ。」
こいつら、と智がさしたのはクラスの男子三人で、確か野球部二人とバスケ部だ。男子の体育は今日からバレーだから、先に準備して遊ぶつもりらしい。
「やるやるー!」
コートに入る前に、一緒に来ていた女の子達に、見るなら隅で気をつけて見ててね、と言いおく。わかった、頑張ってね、と言ってくれた彼女たちに手を振ってみせてから走ってコート内へ入る。手足を伸ばしたりジャンプしたりと軽く体を動かす。
「大丈夫かよ、名字なんか入れて。」
「今日ずっとへらへらしてるじゃねぇか。」
ネット越しに野球部コンビに嫌味ったらしく言われても気にしない。そんな挑発にのるほど、今日の私の心は狭くはないのだ。
「大丈夫かどうかはやってみれば分かるよ。」
に、と笑って構える。
バスケ部のサーブが入って、智が危なげなく上げる。祐也が上げたトスを、野球部二人の雑なブロックの上から思い切り打つ。相手コートに落ちたボールを見て、三人でハイタッチを交わす。
「人の心配より、自分たちの心配した方がいいんじゃない?」
「色ボケしてる名前は強えぞー。」
「あんまりナメてかからないほうがいいぜ。」
挑発しかえしてやると、野球部たち三人のスイッチが入ったらしい。持ち前の高い運動能力と型に嵌らないプレーに翻弄されつつも、結局は私達三人が押し切って勝った(足で上げるとかないって、そうそうないよ)。それでも勝ってしまうのだから、あぁ、やっぱり昨日からの私は至極調子がいい。単純だとか、色ボケしてるとか言われたって、事実そうなんだから仕方ない。戦利品としてゲットしたコロッケパンとカフェオレは、スガせんせいにプレゼントすることにしよう。昨日今日と絶好調なのは、単にスガせんせいのおかげなのだから。
双子の待つクラスの扉を開けると、お帰りなさい、とスガせんせいが早速出迎えてくれた。実はこの瞬間がたまらなく好きだったりもする。スガせんせいに「お帰りなさい」と言われると、何となく今日が終わった、と実感出来るのだ。いつかもし、一緒に住むなんてことになったら同じように「お帰りなさい」って言って貰えるのかな、そしたらどんなに幸せかな、と色々ぶっとんだ妄想を頭の中で打ち消す。いやいや、一緒に住むとか何考えてるの。連絡先を教えてもらっただけの分際で、告白も何もしていないのに、何を馬鹿なことを。
「お世話になりました。」
ぺこり、と会釈をすると、帰り支度を済ませていた双子が駆け寄ってくる。
「なまえちゃん、かえろー。」
「かえろー。」
よしよし、と双子の頭を撫でてやって、二人が靴を履くのを見守る。お腹空いたなぁ、早く帰ってご飯食べたいな、と考えて、今日はスガせんせいにお土産があったことを思い出した。
「そうだ、スガせんせい、これ良かったら。」
右手に下げていた白いビニール袋を差し出す。中に入っているのは、本日の戦利品だ。
「何?」
受け取ったスガせんせいが袋の中を覗いて、ぱ、と顔が綻ぶ。あ、よかった、嬉しそうだ。
「うわ、懐かしー。購買のコロッケパン?」
「はい。」
「どうしたの?急に。」
「今日体育の前にクラスの男子とお昼かけて三対三でバレー対決して勝ったので、その戦利品です。」
男子に勝つなんてさすがだなあ、とスガせんせいが笑う。
「あ、でも俺が貰っちゃっていいの?」
「私お昼は弁当持ってきてますから。」
それに勝てたのはスガせんせいのおかげです、と笑ってみせると、スガせんせいが不思議そうに首を傾げた。その仕草を見て、私はふふ、と笑みを零す。
「こっちの話です。」
いまいち納得していない様子で、スガせんせいはきょとんとしている。
その間に靴を履き終わったらしい双子に両手を引かれて、早く帰ろうと急かされる。ああ、うん、帰ろうか、と返事をしてから、スガせんせいに向き直る。
「じゃあ、これで。ありがとうございました。」
「スガせんせい、またね!」
「スガせんせい、ばいばい!」
「またね。気をつけて帰ってね。」
手を振りながら、反対の手で小さくビニール袋を持ち上げて、ありがとう、とスガせんせいの口が動く。それに会釈で応えて、双子と手を繋いで踵を返した。
その日の夜、スガせんせいから届いたメッセージに、私は一人狂喜乱舞することとなった。
『こんばんは。コロッケパンとカフェオレありがとう。懐かしくてすごくうまかった!近いうち空いてる日あるかな?今日のお礼にご飯食べに行かない?』
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