机を挟んだ真向かいで勉強しているスガさんをじ、と見つめてみる。スラスラとノートの上を走るシャーペンを持った大きな手。くっきりと浮かぶ喉仏。少しずつ季節は巡って、いつの間にか冬に近付いた夜は少し寒くて、暑い夏のときは露だった、一見白く細いようで実は逞しい腕は黒いジャージに覆われている。Tシャツの襟首から覗いていた鎖骨も今は見えない。色素の薄い短い髪。時折悩んだように寄せられる眉。目の下のほくろ。形の綺麗な唇。その全てが好きだと思う。その全部にいつか触れてみたい。触れたい。触りたい。触れられたい。

久しぶりに招き入れてもらったスガさんの部屋は、初めて来た時と何も変わっていない。きちんと物が整頓された、片付いた部屋。整えられたベッド。いつか、スガさんと迎えるだろう「その時」は、この場所で訪れるのだろうか。それとも、私の部屋だろうか。あるいは、もっと別の、知らない場所だろうか。
だけど、一度しかない「その時」を迎える場所は、どうせならこの場所がいい、と願うのは私の我が儘なのだろうか。スガさんの匂いがするこの部屋で、スガさんの匂いに包まれて、身も心も満たされたい。私の全部を、スガさんで満たされたい。

それは私の我が儘ですか。

どうしよう。考え出したら止まらなくなってきた。机の上に広げた宿題は、全然進んでなんかいない。分からないわけじゃない。単純にやる気がない。集中力が途切れてしまった。今は目の前のスガさんしか目に映らなくて、ただスガさんに触れたい、触れられたい、その思いだけが私を支配する。

こういう感情を何ていうんだっけ。何か、いい表現が確かあった筈なんだけれど。何ていっただろう。

「名字?どうした?どっか分かんない?」

顔を上げたスガさんと目が合う。

その目にもっと見つめられたい。その目にもっと私を映して欲しい。いつか向けてくれた、その時私は怯えてしまったけれど、あの熱を孕んだ瞳に射抜かれたい。

ああ、そうか。
分かった。こういう感情のことを人はきっとこう呼ぶんだ。

「ムラムラする。」
「は?」
「スガさん、何だかムラムラします。」

口に出して言ってみると、思ったよりもずっとしっくりきた。見た目は何一つとして女らしくないけれど、女なのに、とか、はしたない、とか思われてしまっただろうか。もしかして引かれてしまっただろうか。
でも、それでも事実なんだから仕方ない。触れたくて、触れて欲しくて、心が疼いている。

はあああ、とスガさんが盛大なため息と共に額に手をついて項垂れた。

「人が必死に我慢してるのに、何でそういうこと言うかなあ。」
「我慢してるんですか?」
「そりゃするよ。俺だって男なんだから、彼女が自分の部屋にいたら、そういうことしたいって思うよ。でも、また怯えられたらって思うし、名字はそんなつもりないかもしれないって思ったら我慢するに決まってんだろ。」
「でも私はスガさんに触って欲しいです。」

触りたい。それじゃ、駄目ですか?

スガさんが項垂れていた顔を上げる。再び、目が合う。そこにあるのは、私が欲しがっていた目。欲を、熱を秘めた狼のような、男の人の目。

「どうなっても知らないからな。」

私が何か言うよりも早く立ち上がったスガさんに横抱きにされて、ベッドの上へ落とされる。ふわりと香るスガさんの匂い。ギシッ、とスプリングが軋む。私の上に馬乗りになったスガさんの顔が近付く。いつもより少しだけ乱暴に奪われる唇。角度を変えながら唇を重ね合わせて、お互いの柔らかな唇の感触を味わう。やがてヌルリとスガさんの舌が私の口内へと侵入する。歯列をなぞったり、舌を絡めて吸われたり。口内で暴れ回るスガさんの舌をただただ受け入れる。ただ唇を重ねて舌を絡める。それだけの行為の筈なのに、体がどんどん熱を帯びていく。もっと、もっと、ってこれ以上の何かを体が、心が強請る。

スガさんの手が私のジャージに伸びて、ジジ、と音を立ててファスナーを開けられる。シャツの上から平たい胸に触れたスガさんの手に、私は思わず体を硬くした。




飢えた狼
(目覚めさせたのは誰?)