スガせんせいに着いて歩いて到着したお店のドアをくぐると、途端に賑やかな声に包まれる。居酒屋というお店自体が初めての私は、その喧騒にびくりと肩を揺らした。店員のお姉さんに案内された個室に顔を出すと、先ほどのバレー部OBの人達が揃っていてほっとした。

「スガさん!遅いッスよ!」
「あれ?田中?お前二日酔いなんじゃなかったの?」

坊主頭の人に呼ばれてスガせんせいが不思議そうな顔をする。今田中さん、て言ったような。ということはこの人が今日本来来る筈だった人らしい。

「一日寝てたらこの通り元気ッスよ!」
「今日は飲もうぜ、龍!」
「おうよ、ノヤっさん!で、そのイケメン誰ッスか?」

じろじろと田中さん、に見られて思わずたじろぐ。すかさずスガせんせいが坊主頭をぱし、と叩く。

「コラ。この子はイケメンじゃなくて女の子。今日来れなかったお前の代わりに入ってくれた烏野の女子バレー部の子だよ。」
「あの、名字名前です。初めまして。」

ぺこり、と頭を下げると上から下までじろじろと見られる。ここまで不躾な視線をあからさまに受けることもそうないよなな、と内心で呟く。

「マジでイケメンだな。お前ホントに女子か?」
「え、っと、」

本当に女子か、と言われてもどう証明すればいいのやら。制服を着ていたならまだしも、上下ジャージ姿ではどうしようもない。まさか脱ぐわけにもいかないし。いや仮に脱いだってこの貧相な胸じゃ証明にならないような。

「田中、いい加減にしろ。」

田中さんを諌めながら、スガせんせいがすっと私と田中さんの間に割って入った。自然とスガせんせいの背中に隠される形になる。助け舟の出し方もスマートで素敵だなあと、ときめいてしまう。

「名前ちゃんごめんな。」

振り向いたスガせんせいが申し訳なさそうに謝ってくれる。

「いえ、慣れてますから。」
「それも嫌な慣れだなあ。」

苦笑いを浮かべながら、スガせんせいに背中をそっと押されて、席こっち、と誘導される。ぽっかりと空席になっていた一番奥の壁際に通されて、その隣にスガせんせいが腰を下ろした。座敷だと思っていたらそこは堀ごたつで、正座をしなくて済んだ、とちょっと嬉しくなる。スガせんせいが隣に座ってくれたことも嬉しい。

「お二人は何飲みますか?」

私の向かいに座っていた月島さんが、メニューを手渡してくれる。それを受け取ったスガせんせいが、私が見やすいように目の前にドリンクメニューのページを開いて見せてくれる。ちょん、と触れた肩にどき、と胸が鳴る。

「俺ビールで。名前ちゃんは未成年だからソフトドリンクな。」

ここね、とトントンとスガせんせいの綺麗な指がソフトドリンクの載っている場所を叩いて示す。
あ、指綺麗。手おっきいなあ。この手が試合中は何度も触れて、褒めてくれて、トスを上げてくれたんだ、と考えて顔が火照る。

「名前ちゃん、顔赤いけど大丈夫?」

スガせんせいに顔を覗きこまれて、慌ててぶんぶんと首を振る。

「だ、だいじょうぶです!ちょっと、暑いかな、なんて。」

あははと笑って誤魔化しながら腕まくりをしてみる。ヤバイ、ヤバイ。顔が熱い。てか、スガせんせい近いよ。飲み屋さんてこんな近いものなのかな。ああ、どうしよう、本当に熱くなってきた。ジャージ脱ごうかな。

「先に飲み物注文とるぞー!」
「あ、名前ちゃん、飲みたいもの決まった?」

澤村さんの声が聞こえて、スガせんせいに尋ねられる。ええと、どうしよう。とりあえず喉乾いたし、炭酸が飲みたい気分だな。

「あ、じゃあ、コーラで。」
「オッケ、コーラね。」

騒がしい中で、スガせんせいが私の分の注文を済ませてくれる。その姿をぼーっと見つめていると、不意にくすり、と笑われた。顔を向けると月島さんが何やらニヤニヤと笑っている。

「何ですか?」
「いや?別に?」

何だか嫌な感じだ、とふわふわ夢心地だった気持ちがすっと冷えていく。折角楽しくていい気分だったのに。

「月島、あんまり名前ちゃん苛めるなよ。」
「苛めてなんかいないですって。」

スガせんせいがやんわりと月島さんを牽制しつつ、一度閉じたメニューをもう一度開いて見せてくれた。

「何食べたい?」

好きなの選んでいいよ、そう言って一緒にメニューを覗きこんでくるスガせんせいの顔が近くてまたドキドキする。何でこうも一々距離が近いの。嬉しいけど、心臓がもたないってば。

ドキドキを誤魔化すように、メニューを見つめる。美味しそうな写真とともに並ぶたくさんの料理名。サラダや揚げ物、様々な一品料理やご飯物、デザートなど、ページを捲る度に目に映るそれらに自分が酷くお腹が空いていたことに気付く。
迷いながらスガせんせいと一緒に、時折月島さんやその隣にいる山口さんの意見を聞きながら料理を決めていく。そうしている間にドリンクが運ばれてきて、そのタイミングでスガせんせいが料理の注文もすませてくれた。

乾杯をしてから、ジョッキのコーラをごくごくと喉に流し込む。渇いた喉がみるみるうちに潤されて気持ちがいい。わいわいと喋りながら、お通しや次から次へと運ばれてくる料理を口に運ぶ。どれも美味しくて頬が綻ぶ。スガせんせいや皆さんの近況、今日の試合についてなど話題は絶えない。あっという間に消えていく料理とどんどん進むお酒。賑やかな笑い声。飲み会ってこんな雰囲気でこんなに楽しいものなんだ、と一人笑う。

「ヘイ、女子高生!飲んでるか!?」
「どんどん食ってどんどん飲めよ!」

スガせんせいが席を立っていなくなったその場所に、お酒のせいだろう、顔を赤くした田中さんと西谷さんが陣取るように座った。

「え、と、はい、」

あまりのハイテンションにたじろぎながら頷くと、何故だか乾杯を促されて三人でグラスをぶつける。

「今日は良かったぜ、名字!」

バンバンと私の背中を叩きながら西谷さんが笑う。痛いです、と小声で訴えつつも、ありがとうございますと返す。

「また一緒にやろうぜ!」
「いっそ町内会チーム入れよ、お前!」
「それいいな龍!そうしろよ!」
「や、でも、私学校とか部活ありますし、」
「気にするな!よし、連絡先教えろよ。」
「俺も俺も。」

それぞれ携帯を出して、早くしろよ、とせかされる。教えたくない訳ではないけれど、町内会チームに入ると決めた訳ではないし、どうすればと月島さんと山口さんに助けを求めるように視線を送ったけれど、月島さんは我関さずといわんばかりにお酒を飲んでいるだけで、山口さんは苦笑いを浮かべている。スガせんせいのかつてのチームメイトだし、悪い人たちではないだろうから別にいいか、と携帯をジャージのポケットから取り出す。

「コラ。お前ら。女子高生の連絡先知りたいだけだろ。」

油断も隙もありゃしない、と呟きながらいつの間にか戻ってきたスガせんせいが田中さんと西谷さんの頭上にびし、とチョップを振り下ろす。いだっ、と呻いて二人が頭を抱える。

「違いますよ!俺らは純粋にまた名字とバレーをやる機会を作りたかっただけで!」
「そうッスよ!そのために連絡先を、」
「でもあわよくば女子高生と合コン設定してもらおうとか考えてただろ?」

スガせんせいに図星をさされたようで、田中さんがぐ、と言いかけていた言葉を噤んだ。その隣で西谷さんも同じように表情を曇らせている。呆れたようにため息をついたスガせんせいが、ちょっとごめん、と言いながら田中さんを押しやって、私と田中さんの間に入ってくる。スペースを作るために、私も少し横にずれて座る。

「ごめんね、名前ちゃん。こいつらに教えなくていいから。」
「はぁ、」

私は別に構わないんだけどな。むしろこの機会に乗じてスガせんせいの連絡先も教えて貰えたらラッキーだったのに、とはさすがに言えずに曖昧に言葉を濁す。

「スガさんばっかりズルイっすよ!自分は女子高生と仲良くして!」

押し黙っていた田中さんががばっと顔をあげて、急に声を上げた。スガせんせいの顔がはあ?と言わんばかりに呆れ顔になる。

「そうっすよ!俺たちだって可愛い女子高生の彼女欲しいっす!」

田中さんに便乗するように言った西谷さんの言葉にスガせんせいが盛大な溜息をついた。

「あのな、お前ら何か勘違いしてるみたいだけど、名前ちゃんとはそういうのじゃないから。俺の勤め先の保育園で名前ちゃんの弟を預かってて、名前ちゃんがいつもお迎えに来るから少し話すだけ。」

それだけだよ。今日一緒に試合出来たのはあくまで偶然。

そう淡々と話すスガせんせいの言葉に、浮かれていた気持ちが一気に沈んでいくのを感じた。