「初体験ってやっぱり痛いんですかね?」
「ぶふっ!」
「うわ、ちょ、大地さん汚い。」
「お前がいきなり変なことを言い出すからだろ!」

大地さんが飲んでいたお茶を突然吹き出した。イライラしながら、カバンから取り出したタオルで口元と机を拭く大地さんを少し離れて見る。机を拭き終わった所で、元していたように廊下の窓から身を乗り出して大地さんの机に両肘を乗せた。

本当はスガさんに会いに来たのだけれど、生憎スガさんは先生に呼び出されているとのことで、ちょうど窓際の席に座っていた大地さんの所で待たせてもらっていた。そうして、冒頭に至るわけで。大地さんは未だご立腹中らしい。表情が怒った顔のままだ。

「いや、だってふと思ったんですもん。」
「だからってそのまま口に出すな!」
「で、どうなんですかね。やっぱり痛いんですかね。」
「俺に聞くな。」
「えー、答えて下さいよ、先輩。」

ふい、と顔を背けてしまった大地さんに、ねーねー、としつこく迫る。可愛い後輩が聞いてるんですから答えて下さいよ、と言うと、とうとう諦めたようで大地さんが大きなため息を吐いた。自分で可愛いとか言うな、との悪態とセットで。

「…、まあ、痛いっていう話は耳にするな。」
「ですよね。どれくらい痛いんですかね。鼻からスイカ、でしたっけ?」
「それは出産の例えだろ。」
「でもそれって滅茶苦茶痛いですよね。考えただけでぞっとするんですけど。」

身震いする仕草をすると、大地さんが息を吐いた。

「それだけ大変ってことだろ。それよりスガに用事なんだろ?俺でよければ、預かるぞ。」

そう申し出てくれた大地さんに、ぱちぱちと目を瞬かせた。そうして、にっこりと笑う。

「分かってないですねえ、大地さん。少しでも会いたいっていう乙女心じゃないですか。」

だから待ってます、と言うと、大地さんが驚いたように目を丸くした。

「お前って時々やけに素直っていうか、不意打ちで可愛いこと言うよな。」
「だからって大地に名字はあげないよー。」
「うぐっ、」

愛しいスガさんの声とともに、背中が急にずっしりと重くなって、思わず呻き声が出た。必死に両腕で背中の重みを支える。鍛えているはずの腕がぷるぷると震える。

「言われなくても、端からそんなつもりないよ。」

それより早くしないと名字が潰れるぞ、と大地さんが助け舟を出してくれて、ようやく背中が軽くなる。代わりにわしゃわしゃと頭を撫でられる。

「おー、悪い悪い、名字。」

机から手を離して、スガさんに向き直ると、ニコニコと笑うスガさんんと目が合う。これだけで来た甲斐があったなあと思ってしまう。

「で、どうした?」

聞かれて、危うく忘れかけていた用事を思い出す。ずっと手に持ったままだった小さなショップ袋を差し出す。

「この間お借りしたCD返しに来ました。」
「そんなの帰りでも良かったのに。」
「少しでもスガさんに会いたかったので。」

そのためならどんな口実だって利用します。

へらりと笑ってみせると、スガさんにぎゅうっと抱き寄せられた。ちらちらと感じる周りの視線が何だか痛い。バレー部の前ではもう慣れているし平気だけど、ここは三年生がいる廊下で、知らない人たちばかりだ。多分、私達の関係はおろか、私の存在だって知らない人もいるだろうに。

「あー、もう、マジ名字可愛い!何でそう、いつも不意打ちで可愛いこと言うかな。計算じゃないって言うんだから、本当にタチ悪い。」
「いや、あの、スガさ、皆見てますって、」
「いーの。見せつければいいべ。」
「や、さすがに、それはちょっと、」

ぎゅうぎゅうと抱きしめるスガさんの腕の中でもがいてみても、スガさんは離してくれない。大地さんに助けを求めて視線を送ってみても、苦笑いを浮かべるだけで、助けてくれる様子はない。
諦めて大人しくすることにすると、しばらくしてようやく腕を解放された。

「よし、今日は一緒に飯食おう。」
「え?」
「迷惑?」

迷惑だなんて、そんな。むしろ願ってもないお誘いですけど、でもそうしたら大地さんはどうするんだろうう。大地さんは多分、スガさんが戻ってくるのを待っていたのに。

「俺はいいよ。たまには二人で食うのもいいんじゃないか?」
「じゃ、名字、後で屋上な。」

頷くよりも先にスガさんが教室の中へ入ってしまった。困ったように大地さんを見ると、大地さんが小さく肩を竦めた。こうなってしまったら、スガさんはもう止められない。意外と頑固というか、マイペースというか。そういう所も含めて好きなんだけれど。

じゃあ、と大地さんに軽く会釈をして踵を返す。弁当を取りに教室に戻る足取りが軽く、浮かれているのだから、私だって大概なのだ。そんなスガさんとの初体験なら、どんなに痛くたって構わないとさえ本気で思ってしまう辺り、盲目的にスガさんが好きなんだと思う。





どっちもどっち
(とりあえず、大好きなんです)