第二体育館の出入り口付近に置いてあるホワイトボードに、今日の議題、と書いていく。練習がまだ始まっていない体育館にいるのは、わざわざお願いをして少し早めに来てもらった潔子さんとやっちゃんと私の三人だけ。他の部員はまだ来ていないけれど、恐らく時間の問題だろう。

「えっと、どうやったら胸が大きくなる、か…?、って、ええ!?」

ホワイトボードに書いた議題を読み上げたやっちゃんが顔を赤く染めた。あ、赤くなったやっちゃん可愛い。一方の潔子さんは表情一つ変えていない。

「というわけで、潔子さん教えて下さい!」
「知らない。」

がばっと頭を下げると、ふい、と顔を背けて潔子さんが足早に立ち去ってしまう。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

慌ててその背に追いすがるも、潔子さんはもう関わるなと言わんばかりに無視を貫き通す。潔子さんにそのナイスバディの秘訣を聞きたくて早く来てもらったのに、これじゃあ意味が無い。

「頼れるのは潔子さんだけなんですって!」
「おーっす。」

出入り口から聞こえた声に、はっと振り返る。目ざとくホワイトボードに気づいた田中とノヤっさんが不思議そうに首を傾げている。やっちゃんは、あわあわと私に助けを求めるように視線を送っている。潔子さんはいつの間にか姿を消していた。
とぼとぼとホワイトボードの元へ戻ると、ニヤニヤ顔の田中とノヤっさんと目があった。

「俺たちが相談に乗ってやろうじゃねえか!」
「任せろ、名前!」

ただ面白がられているだけなのは分かっているけれど、こっちは割りと本気で悩んでいるのだ。藁にも縋りたい気分なのだから仕方ない。もしかしたらいい案が出るかもしれないし、と自分に言い聞かせる。いつの間にかやっちゃんの隣に座っている二人を見下ろす。

「じゃあ、意見ある人。」
「ハイッ!」

最初に手を上げたのは田中だ。

「じゃあ、田中。」
「牛乳を飲む!とかどうだ!?」
「その結果がコレだから悩んでるんだよ。」

摂取した栄養は胸には一切いかず、全て身長と筋肉に使われたらしい。今も飲み続けてはいるものの、胸が成長する気配は無い。

ぶふ、と誰かが私の背後で吹き出す気配がした。振り返ると、月島と山口が口元を押さえて笑っている。

「名字さん、胸無いの気にしてたんですね。」
「うっさい!笑った罰だ、二人も何か一緒に考えろ!」

バカにしたように言った月島と山口を強制的に参加させる。二人のことだから、嫌がるかと思っていたのに、予想外にも二人は座りはしないものの、田中たちの後ろに移動した。…二人のことだから、それこそ笑いたいだけなんだろうけれど。

対照的に、最初は話しかけてきたものの、早々に話題への興味を無くした他の部員達は皆、ストレッチをしたりネットの準備をしたりと、練習前の時間をそれぞれ過ごしている。

「ハイッ!」

手を上げたノヤっさんを指す。

「胸筋を鍛える!いい案だろ!」
「それ筋肉じゃん。私が欲しいのは乳という名の脂肪なんだよ。」
「そうか、我ながら名案だと思ったんだけどな。」

くつくつと笑う月島と山口以外で、うーん、と考え込む。やっぱり田中とノヤっさんに聞いたのは無駄だったかな。月島と山口は完全に面白がってるし。

「あ、あの…、」

おずおずと小さく手を上げたのは、やっちゃんだ。どうぞ、と促すと私の顔色を伺うようにゆっくりと口を開く。

「下着、とかは、どう、でしょう…?あの、よ、寄せて上げる、ヤツとか…。」

顔を真っ赤にして段々声が尻すぼみになっていくのは、この場に男達がいるからだろう。田中とノヤっさんが、そんなものがあるのか、と目を丸くして感心している。
が、しかし。折角やっちゃんが頑張って提案してくれた意見ではあるけれど。
現実とはどうしてこうも上手く立ち行かないのだろう。

「それ試したんだけどさあ、駄目だったんだよねえ。」
「えっ!?そうなんですか!?」
「私も試着するまで知らなかったんだけどさ、あれって要は胸周りのぜい肉をかき集めて強制的に胸にするんだよ。お前は胸だー、胸だーって、洗脳するみたいな。」
「そうだったんですか…。」
「マジかよ…。」
「女って怖えな…。俺ら騙されてたんだな…。」

初めて知ったらしい事実に、田中とノヤっさんが青ざめた顔をした。そりゃあ、普段見てる胸は細工されたものでした、なんて彼らからしたら、知りたくなかった事実だろう。

「で、試着した時に店員のお姉さんに言われたんだよ、『お客様は大変スレンダーでいらっしゃるので、こう、寄せるお肉が無い、と言いますか、…』って。」

つまりは寄せる肉、余った脂肪さえ私の胸付近にはない、ということだ。お姉さんは気を使ってやんわりと言ってくれたけれど、はっきり言えばそういうことだ。
とうとう堪えきれなくなったのか、月島と山口の二人が腹を抱えて笑い始めた。田中とノヤっさんも大笑いしている。

「名字だっせー!」
「騙す脂肪も無いのかよ!?」
「い、いや、でも、それだけ名字さんのスタイルがいいってことなんでは!?」

フォローしてくれたのはやっちゃんだけだ。
でもね、やっちゃん、これはスタイルがいい、なんて言えるレベルを超えているんだよ。一般的な女の人たちにある脂肪が私には無いんだよ。その分、男に近い、と言ってもいいのかもしれない。
…考えてたらどんどん虚しくなってきた。もう諦めようかなあ。

「あ、そうだ!」

笑い終えたのか、田中が二回目の挙手をした。相当笑ったようで、目尻にはうっすらと涙が滲んでいる。

「胸を揉むってのはどうだ!」
「おお!確かに俺も聞いたことあるぜ、龍!男に揉まれるとでかくなるって!」
「確かに聞いたことあるな…。」

半分諦めていた所での提案に、どうなんだろう、と首を傾げる。田中とノヤっさんは大真面目な顔で、これならどうだ、と私を見つめている。

「何事もやってみなきゃ分かんねえだろ、名前!」
「ノヤっさんの言う通りだぜ、名字!今すぐスガさんに頼んでこいよ!」

二人に背中を押されたものの、どうしよう、と逡巡する。視線を巡らせると、ストレッチをしているスガさんの姿が目に映る。スガさんに揉んでもらったら、大きくなるかな。そうしたら、「その時」が来た時には、少しは今よりももう少しくらいマシな胸を見せることが出来るのかな。

行け!名字!、躊躇うなんてらしくねえぞ!、なんて声に背中を押されるように、一歩足を踏み出す。一歩足を踏み出してしまえば、あとは自然に足が動き出した。
ストレッチをしているスガさん目掛けて走っていく。

「スガさああああああん!」

勢いのまま真正面からスガさんに思い切り抱き着く。

「うわっ!?」

多少バランスを崩しながらも、スガさんの腕が私を抱きとめてくれた。スガさんの両肩をがしっと掴む。真っ直ぐにスガさんの目を見つめる。

「スガさん、私の胸を揉んで下さい!」
「…。」

至極真剣な私とは反対に、スガさんの顔がみるみるうちに呆れ顔へと変わっていく。
あれ、何でそんな、何言ってるんだコイツ、みたいな目で見るんですか。私はこんなにも真剣なのに。

「えーと、聞きたくないけど、一応聞こうか。どうして俺に頼むの?」
「スガさんは私が他の男に胸を触られてもいいんですか!?」
「いいわけないだろ。そうじゃなくて、理由を聞いてるの。どうしてそんなことを頼むのか。」
「スガさんにお見せする時までに少しでも大きくするためです!」
「うん、それ無理だから。つーか、間に合わないから。」

きっぱりと即答されて、何でですか!?と掴みかかると、スガさんはにっこり笑って言った。

「名字の胸に触る時には、俺もう見てるから。」
「そ、そんな…!」

ずるずるとその場に力なく崩れ落ちる。
あれだけ笑われながらもやっと見つけた一つの可能性だったのに。こうもばっさりと切り捨てられてしまうなんて。私にはもう胸を大きくする手段は残されていないのだろうか。痣はもう仕方ないとしても、せめて少しくらい大きくして、スガさんに喜んで欲しかったのに。がっかりとかされたくなかったのに。

「心配すんなって。どんなでも俺は名字の胸が一番好きだし、触りたいって思うべ。」
「スガさん…!」

スガさんが、私と目線を合わせるようにしゃがみこんで笑ってくれる。その笑顔が天使みたいに見えたのはきっと気のせいなんかじゃない。

「スガさん、大好きです!」
「うん、分かったから早く自分の練習に行こうなー。」
「今すぐ行って参ります!」

すっくと立ち上がって、敬礼のポーズをすると、私は女バレの練習場所である第一体育館へとダッシュした。





肉体改造計画!
(白紙になりました)