「今日はありがとうございました!」

試合が終わって休憩しているスガせんせいたちの元へ駆け寄るなり、私はがばっと頭を下げた。成り行きだったとはいえ、この人達と一緒にバレーをさせてもらえたことは、楽しかったとか嬉しかったとかそれ以上に、私にとってかけがえのない経験になった。たくさん学んでたくさん吸収させてもらった。味わいつくした。本音を言えば、もっとこの人達から学びたいことはあるけれど、それは私の我が儘だ。

「や、お礼を言うのは俺たちの方だから。顔上げてよ、名前ちゃん。」

スガせんせいに言われてゆっくりと顔を上げると、満足げに笑うスガせんせいと目が合った。他の方たちも、私を見て微笑んでいる。

「ありがとうね、名前ちゃん。無理なお願いしたのに。名前ちゃんとバレー出来て楽しかったよ。」
「女子のくせに、なかなかやるじゃねぇか、お前!」
「本当に、女の子とは思えないくらいだったよなぁ。」
「実は男なんじゃないの?」
「こら、月島!」
「でもすごかったよねぇ、名字さん。」

口々に言われて、まさかそんな風に褒められるなんて思っても見なかったから驚いた。ぽかんと口を開けて間抜けヅラをしていると、スガせんせいがにっこりと笑った。

「と、いうわけで、俺たち結構名前ちゃんのこと気に入っちゃったんだけど、このあと用事ある?」
「え?」
「これから打ち上げ行くんだけど、良かったら一緒にどうかなぁ、って。」

思いがけないお誘いに、返事に詰まる。どうしよう、女子の練習はきっともう終わってる頃だけど、でも男子の練習はまだあるだろうし、自主練誘って貰ってるし、でもスガせんせいとご飯とか、行きたい。すごく行きたい。
どうしよう、と祐也に視線で訴えると、行け、と顎で促された。じゃあ。だったら。

「ご迷惑でなければ、行きたい、です。」
「迷惑だなんて、そんな。むしろ俺たちとしては女子高生と飲めてラッキーだよ。」

に、とスガせんせいが笑う。じゃあ決まりな、と言った澤村さんに、西谷さんがよっしゃ飲むぜ!と嬉しそうに声を上げた。

そのままスガせんせいたちと一緒にストレッチをして私は着替えをするために、一旦部室へ戻った。部室へ戻る前に一応、第一体育館を覗いたけれど、中にはバスケ部が一部自主練をしているだけで、女バレは一人もいなかった。やっぱり間に合わなかったか、と呟いて部室へと向かう。

サポーターを外して、Tシャツとショートパンツを脱ぐ。全身汗でべとべとだ。ぱしゃぱしゃとウォータータイプの制汗剤を全身につけてから、新しいシャツに着替える。黒の部活ジャージを着てカバンを肩にかける。これからスガせんせいとご飯だと考えるだけで、頬が緩む。今日は思いがけない幸福ばかりだ。幸せすぎていつか罰が当たるんじゃないかとさえ思う。でも今の私はとかく幸せだから、いつか当たるのかもしれない罰も怖くない。にやにや緩む頬を抑えつつ、部室の鍵を返却して校門へと急ぐ。スガせんせいが、着替えるのを待っていてくれると言っていた。

「スガせんせい!」

駆け足で校門へ行くと、スガせんせいが振り向いた。

「お、きたきた。お疲れ。」
「お疲れ様です。スミマセン、お待たせしてしまって。」

会釈をしてから、スガせんせい一人しかいないことに気が付いた。

「あれ?他の皆さんは?」
「先に行ったよ。名前ちゃん一人じゃ店の場所分からないと思って俺が残ったの。」
「何か、スミマセン。」
「いいのいいの。」

さ、行こう、と歩き出したスガせんせいを追いかける。隣を歩こうとして、何となくそれがはばかられて、半歩後ろを歩く。

「帰りはちゃんと遅くならないようにするし、俺が送ってくから、安心してね。」
「え、あ、ありがとうございます。」

ご飯に連れて行って貰えるだけじゃなく、帰りまで送って貰えるなんて。何だこれ、嬉しすぎる。本当に罰が当たるんじゃないかな。連休開けたら抜き打ちでテストあるとか、私だけ難問ばっかり当てられるとか、課題増やされるとか。嫌だな。でも今の幸福感を思い出せば乗り切れるような気がする。

「名前ちゃんすごかったねぇ。」
「へ?」
「結構力あるみたいだし、運動神経良さそうだったから、上手いのかなーとは思ってたんだけど。」
「え?」

少し前を歩くスガせんせいを見つめると、にっこり笑って振り向いた。四歳児抱っこして帰ったり、学校から保育園まで全力疾走なんてそうそう出来ることじゃないよ?とスガせんせいが笑う。
何だか恥ずかしくて、う、とか、あ、とか溢れる。何でそんなこと一々覚えてるんですか。

「男子のサーブとかスパイク拾ったり、ブロックしたりなんて練習してないと出来ないよねぇ。」

すごいすごい、と褒めてくれるスガせんせいの横顔は楽しそうだ。褒めてもらえることが照れくさくて、それでいてくすぐったい。頬がつい緩む。

「や、あの、それは幼馴染みのおかげで、」
「もしかして名前ちゃんを連れてきてくれた子?」

はい、と頷くと、そっか幼馴染み、なるほどそうかとスガせんせいが呟く。

「スガせんせい?」
「や、仲良いんだなーって思って。名前ちゃんのことよく分かってて信頼してるみたいだったし。」
「それは、まぁ、子供の頃からずっと一緒なので。」
「そうだよねえ。」

そう呟くスガせんせいの顔が何故だか寂しそうに見えて不安になる。気のせいかな。私の勘違いかな。もしかして妬いてくれてるのかな、なんて私の都合のいい思い込みかな。お願い、そうだと言って下さい。でないと、私、もっと自分に都合よく考えてしまいそうです。

「また、」
「え?」
「また一緒にバレーやれたらいいね。」

そう言ってふわりと笑ったスガせんせいの顔からは、さっきまで感じていた寂しさは綺麗さっぱり消え去っていて、やっぱり勘違いだったのかな、と思う。そうだったらいいのに。そうしたら、私はきっと自分勝手な思い込みなんてしなくていいし、淡い期待も抱かない。

お願いだから、どうか間違いならそう言って下さい。これ以上踏み込んで戻れなくなる前に、どうか突き放して下さい。どうか、お願いだから。