スガせんせいの元へと駆け寄ると、一気に注目を浴びた。高校生とは違う大人の人達に囲まれて、一瞬怖気付く。

「田中の代わりに今日入ってもらうことになった名字名前ちゃん。」

田中さん、というのが本来来る筈だったWSの人だろう。スガせんせいに紹介されて、ぺこりと頭を下げる。

「女子バレー部の名字名前です。皆さんの足を引っ張らないよう、精一杯頑張るので、よろしくお願いします。」
「え?女子?」
「男だと思った。」
「でも、確かに声高いよ。」
「スガはちゃん付けで呼んでるし。」
「というか女子高生と知り合いってどういうことだよ?スガ。」

名乗って早々、不躾に次から次へと言葉を発せられる。そうですよね、やっぱり女に見えないですよね。分かっていますとも。もう慣れましたとも。身長174cmという女子にしては長身で胸もほとんどないし、髪もベリーショート。祐也や智曰く、黙ってればイケメンと長年言われ続けて、生まれてこの方、一発で女子と見抜いた人には出会ったことがない。自分で言うのも何だけど、おかげで女の子にはモテてうはうはだ。

「よく間違われますが、一応女です。」
「ぷ、一応って。」
「あああ、ごめんなぁ、間違えちゃって。」
「気にするな!」

はあ、もう慣れているので特に気にしていませんが、と呟くとスガせんせいが、まあまあ、と場を取り直してくれた。それから他の人達の紹介をしてもらって少し話をしつつアップを取っていると、しばらくして試合が始まる。

男子バレー部対OBチーム+私。スターティングオーダーの配置は、後衛に私、西谷さん、菅原さん。前衛に澤村さん、月島さん、東峰さん。ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐く。緊張しているのが分かる。いつもの試合以上に緊張しているのは多分、スガせんせいがいることもそうだし、このぴりぴりとした空気のせい。OBの人達の放つこの空気にせめて呑まれないよう、もう一度深呼吸をする。集中しろ。体の全神経を研ぎ澄ませろ。ふわふわした煩悩など捨てろ。がっかりされたくないのなら、幻滅されたくなくば、自分の力の最大限を解き放て。

ピッ、と笛が鳴る。最初のサーブは向こうチーム。サーバーは智。にやりと笑った奴と視線が合う。アイツ、私を狙うつもりだ。内心で舌打ちする。菅原さんがスガせんせいだと、おそらく智も祐也から聞いて知っている筈だ。そのスガせんせいの前で緊張して本来の力を出し切れない、とでも考えているのだろうか。浅はかな智の考えならありえなくもない。ああ、いやだ。アイツの思い通りにいきなりレシーブをミスるなんて冗談じゃない。

「名字!」

隣にいた西谷さんが叫ぶ。過たず私の方へと飛んできたボールの落下点を素早く読んでレシーブする。さすが、男子。さすが智。女子のサーブとは威力が全然違う。何度も何度も練習しているのに、上げるのが精一杯だなんて。

悔しい。

「スミマセン、カバーお願いします!」
「オーライ!」

声を上げると、スガせんせいがカバーに入ってトスを上げる。それを東峰さんが打ち抜く。力強く相手コート上へと叩きつけられて、一点目が入る。その一連の流れをまるでスローモーションでも見ているように私は呆然と見つめていた。決して綺麗に上がった訳じゃないボールを、スガせんせいの大きくて綺麗な両手が綺麗なトスを上げて、それを東峰さんが打つ。たったそれだけのことなのに。すごい。すごいすごい、すごい。

「ナイスレシーブ、名字ッ!」
「でっ、」

ばしっと西谷さんに背中を叩かれて我に返る。

「今のよくあげたなあ。」
「名前ちゃんナイス、ナイス!」

澤村さんに右肩を、スガせんせいに左腕をぽんぽんと叩かれて顔が熱くなる。

「あ、ありがとうございます!」

す、スガせんせいの手が私の腕に触れた。ぽんぽんて、二回も。しかも満面の笑顔で。あんなの、保育園じゃ見たことない。あああ、どうしよう、心臓がドキドキして鳴り止まない。ふわふわしてる場合じゃないのに。落ち着け、落ち着け。今は試合に集中しろ。そう何度言い聞かせても、心臓は鳴り止まなくて、そうこうしている間にもどんどん試合は進んでいく。

「名前ちゃん!」

スガせんせいに呼ばれて、トスが上がる。私のためにスガせんせいが上げてくれたトス。それを打てる日が来るなんて、こんな風にスガせんせいとバレーが出来るなんて考えてもみなかった。そんな可能性があることも知らなかった。

私が打ったスパイクはブロックに阻まれてコートに落ちた。

「ごめん、名前ちゃん。今のトスちょっと低かったよね。」
「えっ!?いえ、そんな、…はい。」

否定しかけて、頷いた。否定したって何にもならない。私がいつも打つ高さよりも少し低く感じたのは事実だし、それはきちんと伝えるべきだ。

「次はもうちょい高く上げるから。」

ぽん、と背中を叩かれる。動いているせいで熱を帯びたスガせんせいの大きな手。事ある毎に触れるスガせんせいの手にどきまぎする心臓。次もまたトスを上げて貰える喜び。息苦しくてたまらないのに、全身が幸せだと訴える。

宣言通り、もう一度上がるトス。今度は私の打ちやすい高さちょうどだ。こんな短時間で調整出来るなんて、強豪と呼ばれる男バレと互角に渡り合えるなんて、スガせんせいは、この人達は皆すごい。私なんて到底足元にも及ばない。でも、だからって、私が足を引っ張る訳にはいかない。まだ、終わりたくない。もっとここに立っていたい。もっと色々なものを吸収したい。

思い切り打ち抜いたボールは、さっきは阻まれたブロックを弾いて落ちた。

「ナイス!!ナイス、名前ちゃん!」
「ありがとうございます!」

スガせんせいとハイタッチを交わす。ああ、どうしよう、このハイタッチもスガせんせいの満面の笑顔もそうだけど、スガせんせいとバレー出来る今この瞬間が嬉しくてたまらない。こんなにもバレーをしていて幸せだと、嬉しくて楽しくて仕方がないと感じるのは初めてだ。

ああ、もう、どうしよう。どんどんスガせんせいを好きになっていく自分がいる。今が最高に幸せで楽しい。