ロードワーク、対人レシーブ、スパイク練習etc。朝から続く練習は夕方にもなると、さすがにこたえる。今は束の間の休憩が幸せだ。体育館出入り口に座って、ドリンクを喉に流し込む。これを飲んで一息ついたらまた練習が再開される。時間的にあと一時間もしたら今日は終わるだろう。

「名前!!」

中に戻ろうと立ち上がった時に、大声で名前を呼ばれて振り向くと、息をきらした祐也がいた。

「どうしたの?」
「いいから、今すぐ来い。」
「え?」

訳が分からないまま、手首を掴まれる。

「いや、練習まだ終わってないんだけど、」
「分かってるよ。」
「だったら、」
「いいから来いって。」

ろくに説明もせずに祐也は強引に私の手を引く。こいつ、あとは俺らと一緒に練習やります、と勝手に体育館の中へ叫んで、ぐいぐいと私を引っ張っていく。祐也に引かれるまま、その背を追いかける。

「ちょ、何、一体何なの?」
「いいから黙ってついて来い。来たら分かる。」

何だそれ。訳が分からない。振り払うことも出来ずに祐也に連れてこられた場所は第二体育館。男バレが練習している場所だ。その中には見慣れたバレー部のメンバーの顔と、知らない顔がちらほら。その知らない顔の中に、いるはずのない顔を見つけて目を見張った。え、何で。何でここにいるの。見間違い?それともよく似た赤の他人とか、そうだ、きっとそうに違いない。だって、ある訳ない。あの人がいるなんて、そんなこと、

「名前ちゃん!」
「え。」

私の名前を呼んで嬉しそうに駆け寄ってきたのは、やっぱりどう見てもそうだ。間違いなんかじゃない。

「スガ、せんせい?」

私の手首を握っていた祐也の手が離れて、背中を押される。

「コイツ、女バレのWSです。良かったら使ってやって下さい。WS足りないんですよね?」

実力は俺が保証します、と言った祐也顔を凝視する。話が見えない。何?一体何の話?使うって、足りないって何。
いつものエプロン姿じゃない、Tシャツにハーフパンツ姿のスガせんせいの顔が嬉しそうに綻ぶ。

「やっぱり、名前ちゃんバレーやってたんだね!そっか、嬉しいなぁ。もしそうだったら一緒にやってみたいなとか思ってたんだよね。」
「え?あの、やっぱり、って?」

何で私がバレー部って知ってるんですか、と尋ねるとスガせんせいが、ここ、と自分の背中を指さした。

「ジャージの背中、」

そう言われてやっと納得する。そういえば、いつも双子のお迎えに行く時は部活ジャージだった。その背中には「烏野高校排球部」と書かれている。それを見ていたのか。

「でも、何でスガせんせいがここにいるんですか?」
「俺実は烏野のバレー部だったんだ。今は町内会チームに入ってるんだけど、時々練習見に今もここに来ててね。」

あまりの驚きに声が出ない。
知らなかった。スガせんせいが烏野出身で、しかもバレー部だったなんて。今もバレーをしているなんて。ポジションはどこだろう。どんなプレーをするんだろう。見てみたい。物凄く、見てみたい。

「今日は昔のチームメイトの都合合わせて練習見に来たんだけど、そのうちの一人が二日酔いで来れなくなってさ。」

困るよなぁ、折角皆で都合合わせようって言ってたのに、よりによって二日酔いとかありえないよなぁ、バカだよなぁ、とスガせんせいがぶつぶつ呟く。あれ、何か言葉が辛辣というか、スガせんせいって結構毒舌?

「そのバカがWSなんだけど、良かったら名前ちゃん代わりに入ってくれないかな?」

実力はそこの彼が証明してくれるみたいだし?とスガせんせいがにっと笑う。
え、私が?スガせんせいと一緒にバレー?見てるだけじゃなくて?一緒にやるの?私が?

「や、でも、私なんて、そんな、しかも男子となんて、」
「カマトトぶってんじゃねぇよ、名前。お前しょっちゅう俺らとここでゲームしてるだろうが。」
「ちょ、祐也!つか、カマトトぶってなんか、」

しばらく黙っていた祐也に横槍を挟まれて慌てる。余計なこと吹き込むなよ。スガせんせいとバレーなんてそんなの緊張するに決まってるじゃん。それでがっかりとか幻滅されたりしたらどうするんだよ。あ、ヤバイ、考えただけで凹む。

「駄目かな?俺は名前ちゃんと一緒にやりたいんだけど。」

少し眉をハの字に下げてスガせんせいに顔を覗きこまれる。ああ、もうそんな顔でそんな風に頼まれたら断れる訳ないじゃないか。しかも、何ですか、その殺し文句。一緒にやりたい、なんて。そんなこと言われたら、

「よろしくお願いします。」
「よし、決定!」

にっこり笑ったスガせんせいの顔が嬉しそうで、その笑顔に心臓が跳ねる。ぱたぱたとスガせんせいのチームメイトだろう人達の元へ走っていくせんせいの後ろ姿を見ながら、隣にいる祐也を肘で軽くつつく。

「ねぇ、一体どういうこと?」

小声で聞くと、祐也はああ、と頷いた。

「菅原さんのことは前から知っててさ、時々来てたから。」

さっき菅原さんも言ってただろ?と言われて頷く。時々ここへ来ていると確かにそう言っていた。

「まさかな、とは思ってたんだけど、お前呼びに行く前に仕事聞いたら保育士やってるっていうし。ついでにWS足りないからこっちから貸してくれ、っていう話聞こえてきたんだよ。」

それで機転をきかせてくれた祐也が私を呼びに来てくれた、という訳らしい。本当に頭が切れるというか何と言うか。

名前ちゃん!と呼ばれて顔を上げると、スガせんせいがこっちこっち、と手招きしている。

「折角お膳立てしてやったんだ。しっかり味わっていけよ。」

ニヤリと祐也が笑う。その言い方ってどうよ、と内心でつっこみながら、ありがと、と返してスガせんせいの元へ駆け寄る。祐也の言う通りだ。またとないこのチャンス、みすみす逃すなんてそんな勿体無い事するわけにはいかない。
がっつり、味わい尽くしてやる。