からすの保育園の一階、一番右の教室。その部屋のドアを開けると、今日はちび二人同時タックルを受けた。勿論それくらいの力でよろけるようなことはなく、しっかりと両腕でそれぞれ抱きしめてやる。

「いい子にしてたかー?隼翔、遥翔。」

今日も遅くてごめんなぁ、と頭を撫でてやると二人はふるふると首を振る。

「スガせんせいがいたからへいき!」
「はやくかえろう!」

そうだね、と頷きながら、毎日一日中スガせんせいに遊んで貰えるなんて、とちび二人がふと羨ましくなる。そうだよなぁ、この二人は、二人だけじゃなくてスガせんせいのクラスの子達は毎日スガせんせいに会えて、遊んでもらってるんだよなあ。いいなぁ、私も遊んでもらいたいなぁ。って、何だ、遊んでもらうって。ちびたちじゃあるまいし、何を。いや、でも、私もあと何年か遅く産まれていたら、それこそちびたちと同じくらいの年だったら。

「おかえりなさい。」

スガせんせいに笑いかけられて、馬鹿げた思考が一気に現実へと引き戻された。何をバカなことを考えているんだ、私は。

「あ、ありがとうございます。」

ぺこりと会釈をして、ちびたち二人に荷物をとってくるように促す。教室の中には他に誰もいなくて、両親は仕事で忙しいし、私は部活があるから仕方ないとはいえ、いつも最後まで残って先生と待っているのは寂しくないだろうか、とふと不安になる。スガせんせいと二人きり(正しくは三人きり、か)なんて、今の私からしてみれば羨ましいことこの上ないけれど、隼翔と遥翔は私とは違うのだ。
程なくして、それぞれ荷物を持って二人が戻ってくる。今日はいつになく二人とも荷物が少し多いように見える。どうしたの?と聞くと、二人揃ってぱっと顔を綻ばせた。

「ほんかりたの!」
「スガせんせいがおもしろいって!」
「あとでいっしょによもうね!」
「よもうね!」

スガせんせいチョイスの絵本か、それは確かに私も興味があるぞ。どんな本を選んだんだろう。

「名前ちゃん待ってる間に、図書室へ行ってきたんだ。」

双子の足りない説明を補うようにスガせんせいが教えてくれた。双子はそう!と嬉しそうに頷いている。荷物が多い分は、その本という訳らしい。

「さっきもスガせんせいによんでもらったんだよ!」
「よんでもらった!」

スガせんせいによる絵本の読み聞かせ、だと?くそう、本当に双子が羨ましい。あれかな、お膝に抱っことかしてもらったのかな、私が時々二人にそうするように。想像して物凄く羨ましくなる。

「いいなぁ…。」
「え?」

知らない内に声に出ていたようで、スガせんせいに怪訝そうな顔で見られてしまった。ヤバイ、今の口に出てた?

「や、あの、その、何でもないです!何でも!本当に何でもなくて、いいな、っていうのは、その、絵本、そう、絵本が何か懐かしくて、それで、あの、」

手をぶんぶん振って必死に誤魔化す。ヤバイヤバイヤバイ。読みきかせが、というかお膝に抱っこが羨ましいとかそんなこと考えてました、なんてバレてたまるか。というか、もうただの変態みたいだな、私!

ぷ、とスガせんせいが吹き出す。くくく、と喉で笑う。あ、その笑い方、何か好きだ。先生としての優しい笑みじゃなくて、何と言うか仕事用じゃなくて、プライベート、みたいな、そんな感じ。

「名前ちゃん必死すぎ。」
「え、」
「ごめんごめん。あんまり必死になって否定するものだから、何かかわいくて。」

ぶわっと顔が熱くなる。今、なんて、かわいい、って言った?聞き間違いじゃないよね?それとも本当に空耳?

「なまえちゃん?」

双子に両手を引かれて、はっと我に返る。ああ、そうだ、もう帰らないと。

「あ、えと、ごめん、帰ろうか。」

右手に遥翔、左手に隼翔とそれぞれ手を繋ぐ。

「あ、と、じゃあ、ありがとうございました、スガせんせい。」
「せんせい、またね!」
「ばいばい!
」 「はい、また明日。」

手を振るスガせんせいに会釈をして踵を返す。

びっくりした。かわいい、なんてまさか言われると思わなくて、心臓が止まるかとさえ思った。

「なまえちゃん、かおあかいよ?」
「どうしたの?」

目敏く気付いた双子に、何でもない、とはぐらかす。それよりお腹空いたね、と話しかければ、双子の話題はあっという間に今日の夕飯についてに擦り変わる。

あ、そういえばスガせんせいの手に指輪はなかった。ということは多分結婚していなくて、でも彼女がいるのかもしれないし、いないかもしれない。彼女がいるならショックだけど、仕方ないなぁ。でもいないといいなぁ。もしいたら私は諦められるのかな。諦めたくないなぁ。