「名前ー、飯食おうぜー。」
「んー。」

昼休みが始まると、それぞれ弁当を持ち寄って私の席に祐也と智が集まってくる。私達は所謂幼馴染みってヤツで、小学校も中学校も勿論一緒で、高校まで一緒なのは、多分私達を繋ぐものが幼馴染みという関係だけではないと思う。誰が言い始めたのかなんて覚えてないけれど、三人揃ってバレーを始めて、今もまだ三人ともバレーボールを追い続けている。地元でしかも強豪、と呼ばれるこの烏野を二人が選んだのはしごく当然といえるし、女子は決して強くはないけれど、公立で家からも近い、という理由で私はこの高校を選んだ。…祐也と智が行くから、まだ二人とバレーをしていたかった、というのもなくはないけれど。でもクラスまで一緒というのは本当に驚いた。私のいる四組は進学クラスで、そこに智まで一緒なんて。

「お前今何かすげぇ失礼なこと考えてるだろ。」
「別に、何で智が進学クラス入れたんだろ、とかそなこと全然考えてないよ。うん、全然。」
「てめ、ケンカ売ってんだろ。」
「ケンカなら外でやれよ。」
「やだなぁ、祐也。こんなのケンカのうちにも入らないって。」
「んだと、こらぁ!!」

噛み付いてくる智を無視して、卵焼きを口に運ぶ。朝練があるせいで、二限が終わる頃にはすっかりお腹を空かせていたのだ。待ちに待ったこの至福の時間をゆっくり堪能させて欲しい。

「そういや、お前最近何かあった?」
「何かって?」
「例えば、」

祐也に聞かれて聞き返しながら、今度はミニトマトを口に放り込む。口の中で弾けて広がる瑞々しさと酸味が美味しい。

「好きなヤツができたとか。」
「ぶっ!!」
「うわ、きったねぇ!!」

思いも寄らない言葉に、口の中で咀嚼されていたトマトの欠片たちが飛び出しかけて、慌てて口を手で塞いだ。堪えきれずに私の手の中に飛んだ物を、カバンから取り出したティッシュで拭き取る。口の中に残ったものを何とか飲み込んでから、お茶を流し込む。それを飲み込んでようやく一息つくと、驚いた顔の祐也と目が合った。

「マジ?ビンゴかよ。」

適当に言ったのに。そう呟いて祐也が驚いている。それを見ていた智が、楽しそうに目を輝かせた。

「マジかよ!?誰だ?俺たちの知ってるヤツか!?」
「別に、好きとかそういうんじゃ、」

ただちょっと気になる、というか、何となく意識してしまう、というか。初めてスガせんせいに会ったあの日以来、毎日仕事で忙しい両親の代わりに双子のお迎えに行く度に、あの笑顔を見る度に心臓が跳ねて顔が熱くなる。スガせんせいに会えると思うとお迎えに行くのが嬉しくて、練習の終了時間が近付くと何だかそわそわしてしまう。ただ、それだけ。

「それを好きっつーんだろ。」
「そうなの!?」
「保育園の先生かー。なるほどなー。」

ニヤニヤと祐也と智が笑みを浮かべる。やっと名前にも好きなヤツが出来たかー、と笑う二人の顔を無性に殴りたいこの感じは何だろう。ああそうか、からかわれているんだ。どうしよう、この感じ凄く嫌だ。むず痒いような、何とも言えない不快感。

「で?そのスガせんせいって今彼女とかいるのか?」
「…知らない。」

祐也に言われて気がついた。私はスガせんせいのことを何も知らない。彼女がいるのかどうかも、歳も下の名前すら知らない。そもそも好きだという自覚も今の今までなかったわけで、あれ、そうか、私スガ先生が好きだったのか。だからあんな風にドキドキしたり、嬉しくなったりしてたのか、そうか。そうだったのか。で、自覚した所で一体何をどうしたらいいんだ。というか、今日のお迎えどうしたらいい。昨日までどうしてたっけ、私。あれ、あれ?

「祐也、どうしよう、私、スガせんせいのこと何も知らない、っていうか、好きって自覚したら急にどうしたらいいのか分かんなくなったんだけど、ねぇ、どうし」
「落ち着け、名前。」

あわあわとまくしたてる私を宥めるように、祐也が肩を叩く。

「急にどうこうしようとしなくていいから、とりあえず今まで通りにしてろ。」
「今まで通りって、」
「普通に飯食って授業受けて、練習行って、弟を迎えに保育園に行く。それだけだ。」
「そうか、それだけか、」
「大丈夫かー?名前ー。」

けらけらと智が笑う。祐也は至極真面目な顔で私を諭してくれる。ご飯食べて、授業受けて、部活行って、それで、保育園に。連想ゲームよろしく、保育園と浮かべただけで、自動的にスガせんせいの笑顔が声が脳裏に蘇る。それだけで、へらりと緩む自分の頬が憎い。

「おい、アイツ一人で笑ってるぞ。」
「ほっとけ。」

だってスガせんせいのあの優しい笑顔を見ただけで私は癒されて、幸せなのだ。何をどうこう言ったって、それは紛れもない事実なんだから仕方ない。
スガせんせいの笑顔に会えるまで、残り約6時間。