文化祭の公開は四時まで。それから片付け、HRを済ませて六時から約二時間の後夜祭が始まる。後夜祭は外でやるため、基本的に校舎内に人はいない。誰も彼もが皆、楽しかった文化祭の後ではしゃいでいる。
遠い笑い声を聞きながら、しんと静まり返った廊下を歩く。七時に教室で。あの時確かにスガさんはそう言った。ドキドキする心臓を抑えながら、目的の教室、三年四組の入口に立つ。そっと手をドアに手を伸ばす。カラカラと音を立てて、ゆっくりとドアを開ける。

「スガさん?」

月明かりと外の灯りが射すだけの暗い慣れない教室。小さく名前を呼ぶと、教室の後ろの方からスガさんがひょっこりと顔を覗かせた。教室には他には誰もいないらしい。こっちにおいで、と言うように手招きされる。後ろ手でゆっくりとドアを締めてから、はやる心臓を抑えつつ、スガさんに近付く。

「どうしてこんな所に座ってるんですか?」

教室の一番後ろで、壁にもたれて床に座っているスガさんの前にしゃがみこんでみる。

「一応、誰かに見られちゃマズイかなって。」

スガさんがにっこりと笑う。

「それより、名字、着替えてないの?」
「何かバタバタしてるうちに着替えるタイミング逃しちゃいまして。クラスの子の評判も良かったし、もうこのままでいいかなって。」

さすがにマントとカラコンは外したけれど、それ以外は日中と変わらない。むしろ制服よりも、パンツ姿の分動きやすくて楽だ。

「そっか。」
「私としては、やっぱりもう一度スガさんのメイド服姿見たかったんですけど。」

へらりと笑うと、スガさんが不機嫌そうに眉を寄せた。

「あれはもういいよ…。」
「そうですか?可愛かったの、」

可愛かったのに。そう言おうとした唇はスガさんに塞がれた。何度も角度を変えながら口付けられる。ぬるり、と差し込まれた舌にびくり、と肩が揺れる。思わず逃げ腰になる私を逃すまいと、スガさんの腕が私の腰に絡みつく。逃げ場なんて何処にも無い筈なのに、それでも未だ慣れないせいでどうしたらいいのか分からなくて逃げようとする私の舌を、スガさんの舌に追いかけられる。

「っ、ふ、」

小さく呼吸をした瞬間に漏れた甘い声が自分のものじゃないようで、恥ずかしい。絡められる舌に、口付けに身も心も、思考さえも溶かされるような錯覚に陥る。
長いキスから解放されて、至近距離でスガさんに見つめられる。

「彼女に可愛いって言われて喜ぶ男なんかいないよ。」

そう言って、もう一度唇を奪われる。噛み付くように口付けられて、そのまま押し倒される。

「す、スガさ、」

抵抗しようにも、両腕はスガさんの手によって床に縫いつけられてしまって動けない。力を入れたってびくりともしない。細く見えるその腕のどこにそんな力があるのだろう。同じような身長で、同じバレーをしているのに。

「吸血鬼はどっちだろうね。」

耳元で低く囁かれて、思わず目を閉じる。瞬間、首筋に感じるちくり、とした痛み。ぺろり、と舐められて思わず声が出てしまった。

「っひゃ、」
「イイ声。」

目を開けると、ニヤリと笑うスガさんと目が合う。そのまま、またキスを落とされて、すぐに離れる。倒されていた体をゆっくりと起こされる。

「悪戯おしまい。」
「へ?」
「何?もっとして欲しかった?」
「え、あ、いや、えと、そういう訳では、」

訳が分からなくておろおろと狼狽えてしまう。

「名字が俺のこと可愛い可愛いって言うからさ、ちょっと仕返ししたくなったの。」
「スミマセン…。」

すっかり意気消沈して項垂れると、分かればいいよ、とスガさんが笑いながら頭を撫でてくれる。

「後はちょっと嫉妬してた。」
「え?」
「男子とも女子とも仲が良いから、名字は俺のなんだーって思いたかった。」

そう呟いたスガさんが何だか可愛く見えて、いや、可愛いって言ったらまた怒られてしまうけど、でも、可愛くて、ふは、と吹き出した。
思い切りスガさんの首に抱きつく。

「心配しなくても、最初から私にはスガさんしか見えてません!後は全部サービスです。」

今日はお祭りでしたから。

そう言ってぎゅう、とスガさんを抱きしめると、スガさんも抱きしめ返してくれる。この腕の力強さが、温かさが心地良い。

「スガさん、もう一回、」

キスしたいです。

耳元で小さく強請る。
優しく甘いキスで、もう全部全部溶けてしまえばいいのに。

いっそこの世界ごと溶けてしまったらいいのに。