教室のドアの外に立って、怯えながら教室の中から出てきた女の子たちを軽く抱きしめてみせる。そうしてやっとほっとした表情を見せた女の子たちを笑顔で見送って、また教室から出てきた子を宥める。その繰り返し。お化け屋敷をやろう、と選択したうちのクラスのそれは中々に怖いらしい。男女問わず、何度その悲鳴を聞いただろう。

「うわああああ!」
「ひゃああああ!」
「お、っと。」

叫びながら教室を飛び出してきた小柄な二人、日向とやっちゃんの体を抱きとめる。その後ろから青ざめた顔の影山が出てくる。

「よしよし、怖かったなー。もう大丈夫だぞー。」

二人の頭を撫でてやると、二人揃って恐る恐る顔を上げる。ぱちりと目が合ったかと思うと、二人がまた怯える。

「っひゃ、ド、ドラキュラ、」
「大丈夫大丈夫。このドラキュラ紳士だから。」

宥めるようにもう一度頭を撫でると、ようやく私だと気がついたらしい。

「名字さん…?」
「そう、名字さん。」

にっこり微笑んでみせると、日向とやっちゃんはやっと安堵した表情を見せた。

「こ、怖かったです!」

余程怖かったらしく、私にしがみついたままそう訴えたやっちゃんの横で日向もこくこくと頷いている。その後ろで突っ立っている影山は、無言だ。

「よしよし、よく頑張ったな、二人とも。来てくれてありがとうな。」

くしゃりと二人の頭を撫でる。影山の方にも視線を向けて同じように、影山もありがとうな、と伝える。

「…名字さんってやっぱり男だったんですか。」
「やっぱり、って何だコラ、影山。」
「ええっ!?名字さん男だったんですか!?」
「わ、わわっ、スミマセン、私男の人にッ、」

影山の言葉を鵜呑みにしたらしい日向とやっちゃんが驚いて飛び退く。
ええい、どいつもこいつも人を男認定しやがって。
折角人が優しくしてるっていうのに。

「違うから。これは男装。私は女。分かったら、さっさと行きなさい。後がつかえる。」

しっし、と追い払う仕草をしてみせると、日向とやっちゃんがすみませんでした!、と言いながらあわあわと立ち去っていく。影山に至っては無言で去って行った。お前が一番謝れよ、と内心で悪態をついてため息を吐く。
いかんいかん、今日何度目かも分からないやり取りについ苛立ってしまった。平常心、平常心。

「うわああああ、怖え、超怖かったー。」
「おい、くっつくなよ、ひげちょこ。」
「結構怖かったなー。」

何度か深呼吸を繰り返した所で、次のグループが教室から出てきた。終わったというのに未だ怯える旭さんと、旭さんにしがみつかれて鬱陶しそうに顔を歪める大地さん、涼しい顔のスガさんの三人だ。

「お疲れ様でしたー。」
「う、わああ、吸血鬼!」

にっこり三人に笑いかけた筈が、旭さんだけは怯えて大地さんにまたしがみつく。

「吸血鬼は怖くないですよー。女の子限定ですが、特別に吸血鬼がハグして宥めて差し上げましょうか?」

旭さんの目の前に立ってそう言うと、ようやく気づいたようで何度か瞬きをした旭さんと目が合った。その間に大地さんが、乱暴に旭さんの手を振り解く。

「え、あ、あれ、名字?」
「はい。」
「何か、目の色違う?」

旭さんの言葉に、大地さんとスガさんがどれどれ、と至近距離で顔を覗きこんでくる。
いや、ちょ、あの、三人とも近いですって。

「本当だ、違う。」
「おー、ホントだー。右が青で左が赤だー。オッドアイカッコイイなー。」
「名字の目、こんな色してたっけ?」
「いえ、これはカラコンで。」

そう言うと、納得したようで三人が離れていく。
ほ、と内心で安堵する。

「あれ、大地さんとスガさん着替えちゃったんですか?」

そう言えば、三人とも普段と変わらない制服姿だ。てっきりあのメイド姿のままだと思ってたのに。

「さすがにあれじゃ歩けないべ。」

勘弁してくれよと言うように、スガさんと大地さんが苦笑いを浮かべる。

「えー、もう一回見たかったのに。」
「もう無理。」
「俺も二度とやらん。」

余程嫌だったらしく、二人揃って顔を背けられてしまった。
残念、と呟いて、視界の端に教室、すなわちお化け屋敷の入口に、案内人(彼女もまた女の子版吸血鬼だ)に従って中に入っていく女の子二人組の姿を捉える。

「っと、スミマセン。もうすぐ次の人が出てきてしまうので、この辺で。」

小さく会釈をすると、そっか、と三人が踵を返す。頑張れよ、と手を振ってくれたスガさんたちに手を振り返す。去り際に、スガさんの顔がす、と近づいた。
他の人には聞こえない声の大きさで、耳元でこっそり囁かれる。

顔が、熱い。
どうしてくれるんですか。まだここで優しくてカッコイイ吸血鬼を演じていなければならないのに。
これじゃあ演じられないじゃないですか。



「七時に俺のクラスの教室に来て。」