高校最後の文化祭。喫茶店をやることになった俺たちのクラスの評判は中々上々のようで、それなりに忙しい。

「スガさん!」

教室をカーテンでしきった裏にいる調理班にオーダーを告げて出てきた所を呼び止められた。声のした方を振り向くと、教室のドア近くに立ち、ひらひらと手を振っている吸血鬼らしき人物と目が合った。その横には縁下もいる。

「おお、名字。それ、吸血鬼?」
「はい!」

頷いた名字は、白のワイシャツに黒のベスト、黒のパンツとブーツ、黒のマントを羽織っている。その姿は確かに吸血鬼だ。ちらちらと見えるマントの裏地の赤がよりそれらしい。

「似合うなー。カッコイイべ。」

素直に褒めると名字が嬉しそうに笑う。

「縁下はいつもの制服なんだな。」
「俺は裏方なので。」
「それよりスガさん。」
「ん?」
「いつから女の子になったんですか?」

らんらんと目を輝かせた名字に聞かれて、一瞬顔が引き攣る。
ああ、うん、そうだよな。やっぱり気になるよな、普通。つーかそんな何でそんな嬉しそうなんだよ。

「なってません。普通の喫茶店じゃ面白くないからって、衣装を男女逆転させてるんだよ。」
「逆転?」

名字と縁下が首を傾げる。不思議そうにしていた顔が何故か驚きに変わって、次の瞬間には二人揃って盛大に吹き出した。

「お、名字と縁下。お前ら来てたのか。」

背後から聞こえた声で、二人が吹き出した理由が分かった。

「だっ、大地さん!!ゴツイ!全ッ然似合ってないッス!!」

ぎゃははは、と名字が俺の隣に立った大地を指さして大笑いする。その隣で縁下は横を向いて口元を押さえて肩を震わせている。

「名字、指をさすな!笑いすぎだ!」
「だ、だって、大地さん、マジでそれ、似合わな、」

腹を抱えてひいひい言いながら、大地に怒られてもなお名字は笑う。

初めて見た時は俺も同じように笑ったから、名字の気持ちは良く分かる。そりゃあ大地みたいな男がひらひらのメイド服を着ていたら誰だって笑うだろう。かくいう俺も同じ服を着ているのだから、あまり笑ってもいられないけれど。

「ほら、二人とも、折角来てくれたんだから何か飲んでいきなよ。」

笑い続ける名字と縁下を招き入れて、適当に空いている席に座らせる。大分落ち着きを取り戻した縁下とは対照的に名字はまだ笑い続けている。
メニューを渡してオーダーを受ける。名字のツボに入ってしまったらしい大地に伝えて、とりあえず名字の視界から大地を消させることにする。そうしてようやく落ち着き始めた名字が、笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら、辺りをくるりと見渡した。

「逆転、っていうから、何かと思ったら、そういうことだった、んですね。」

納得したように言った名字は、何度か深呼吸を繰り返す。
男子はひらひらのメイド服で女装、女子は白シャツに 黒ネクタイ、パンツで男装をして給仕する。それがこのクラスの喫茶店のコンセプトだ。女子の男装は全然違和感なく見れるけれど、俺たち男子に至っては完全なウケ狙いだ。

「でもスガさん、似合ってますよ、それ。可愛いです。」
「…ソレハドーモ。」

仏頂面で返事をするも、名字は気にしていないようだ。男が可愛いなんて言われて嬉しい訳がない。仮に本当に似合ってるとしても、それも嬉しくない。
これ以上この話題に触れられたくなくて、話題をすり替える。

「名字たちは休憩?」
「と言う名の客引きです。」
「客引き?」
「名字、この見た目なんで。いるだけで女の子が寄ってくるんですよ。」

縁下の言葉に、ああなるほど、と納得する。元から端正な顔立ちと高身長のせいで、何かと男子に間違われてしまうことの多い名字だ。その彼女がこんな風に男装すれば確かに、彼女に引かれてくる女の子は多いかもしれない。現にこの教室にいる女の子たちもちらちらと彼女を見ている。

「という訳なので、2ー4でお化け屋敷やってるんで、是非来て下さいね。」

それは名字も気づいていたようで、名字が女の子達にぱちり、とウインクしてみせると、きゃあ、と黄色い声が上がる。

「…すごいな、名字…。」
「いえいえ。」

自分の彼女が女の子に人気があるっていうのも、何だか複雑な気分だ。男にモテるよりはずっといいんだけど。いやでも、名字は男からの人気が無い訳じゃない。本人は自覚がないようだけど。

「スガさんたちも後で来て下さいね。」
「ああ、後で行くよ。」
「アイスコーヒー、二つ、お待たせ。」

トレーにコーヒーの入ったカップを二つ乗せて再び現れた大地に、名字がまた吹き出した。

「だいっ、大地さん、写真、写真とりましょう!!」
「断る。」
「いいじゃないですか!記念に一枚だけ!」
「撮るなら俺じゃなくてスガと撮ればいいだろ。」
「えっ、俺!?」
「スガさんとも撮りますけど、大地さんのその写真が欲しいです!」
「俺を見て笑いたいだけだろ!」

けたけたと笑って写真をせがむ名字と、何としてでも撮られまいとする大地の攻防が始まる。縁下は関わるつもりがないようで、涼しい顔してコーヒーを飲んでいる。

「まあまあ、大地、いいじゃん一枚くらい。な?」
「スガ!お前、他人事だと思ってるだろ!」

怒鳴る大地を後ろから羽交い締めにする。

「離せ、スガ!」
「ほら、名字、今のうちに。」
「ありがとうございます、スガさん!」

名字が素早くケータイを取り出す。ぱしゃり、という音共に一瞬光ったフラッシュ。

「撮れました!」
「お、どれどれ。」

大地を解放して、名字の後ろに回り込む。ほら、と見せてくれたケータイの画面には、メイド服姿で俺の腕を振り解こうと必死の形相の大地が写っている。思わず吹き出した。

「ぶはっ、いいね、コレ!俺にも後で送って。」
「今すぐ送ります。」
「やめろ!今すぐ消せ!」

名字のケータイを奪おうとする大地を躱しながら、器用に彼女は操作する。と、ポケットに入れていた俺のケータイが着信を告げて震えた。名字からのメッセージに添付されているのは、ついさっき撮ったばかりの大地の写真。やっぱり笑える。

「名字サンキュー。」
「どういたしまして!」
「もう諦めろって、大地。」

ぽん、と大地の肩を叩くと、盛大なため息を吐いてあからさまに肩を落として意気消沈した。それを見て俺と名字がまた笑う。

「あ、縁下写真撮って!」

ガタン、と立ち上がった名字がケータイを縁下に渡して俺の隣に並んだ。

「え?俺も撮るの?」
「当たり前じゃないですか!」
「そうだぞ、スガ。こんな機会そう無いんだから撮っておけよ。」

仕返しとばかりに落ち込んでいた筈の大地がニヤリと笑う。

「ほら、スガさん笑って!」

俺の横でピースをする名字がやけに嬉しそうで、彼女が嬉しいならそれでいいか、と俺も笑みを浮かべる。

「はい、チーズ。」

縁下の掛け声と同時に鳴るシャッター音。

こんな格好の自分が記録に残るのは嫌だけど、彼女が嬉しそうに笑ってくれるならそれでもいい、と思ってしまう俺は、やっぱり彼女が好きなんだろう。これが惚れた弱みってヤツなのかな。