放課後、街中をスガさんと手を繋ぎながら歩く。帰り道を一緒に歩くのとはままた少し違って嬉しくて頬がゆるむ。今日は朝から一日ずっとこの調子で、牧に気持ち悪いとウザがられたり、先生ににやにやするなと怒られたり、やたら当てられたりしたけど、そんなのは今日の私には全く気にならない。どうってことないのだ。
「今日はやけに嬉しそうだなぁ。」
そう言ったスガさんに、そりゃそうですよ、と笑う。今の私の顔は緩みきっていて、だらしない顔に見えるかもしれない。それでも、嬉しいのだから仕方ない。
「だって初デートですからね。」
体育館に点検が入るから、と今日は男バレ、女バレともに練習が休みになったのだ(ついでにいえば、同じ理由で牧達バスケ部も休みだ)。折角の貴重なお休みだし、ゆっくりしていようかとも思ったけれど、新しいサポーターを買いたいし、とスガさんに話してみたら、彼は快く一緒に行こうか、と言ってくれた。そうして今に至るという訳だ。
「何かごめんなぁ、初デートがこんな場所で。」
目的のスポーツ用品店の自動ドアをくぐって、きょろきょろと辺りを見渡しながら、目的の物の場所を目で探す。
「何言ってるんですか。ここに来たいって言ったのは私ですよ。」
スガさんを見れば、眉をハの字に下げて苦笑いを浮かべていた。ふと、目的のコーナーを見つけて、スガさんの手を軽く引く。
「それに、私スガさんとだったら、何処に行っても嬉しいし楽しいです。」
にっこりと笑ってみせると、スガさんは一瞬驚いたように目を見開いてから、照れたように笑った。ほんのり頬が赤い。照れてるスガさんかわいいなぁ、と思わず頬がまた緩む。
「サポーターだっけ?」
「はい。左足のはまだいいんですけど、右足の方がぼろぼろになってきちゃって。」
利き足だからですかね、と苦笑する。
「右足はロングだったよね。」
繋いでいたスガさんの手が解かれて、陳列された商品を手にとって物色する。私もどれがいいかな、と思案しながら商品を眺めてみる。何でもそうだとは思うけれど、サポーターと一口に言っても性能や値段はピンキリで、いつも買いに来る度につい迷ってしまう。結局は、値段が手頃な物に落ち着くことが多いけれど。
「これなんかは、どう?」
スガさんに差し出された物は、黒のロングサポーターで値段も比較的安価なものだった。
「もう少し予算に余裕があるなら、こっちでもいいかも。」
もう一つ差し出されたのは、確かに先程のより少しだけ値段が高い。差し出された二つのサポーターを両手にとって、交互に見比べる。逡巡して結局は最初に提示された安価な方を選んだ。高校生の懐事情じゃ、あまり贅沢は言っていられないのが現実だ。
「こっちにします。」
買うと決めた方を軽く振って意思表示をすると、スガさんは、わかった、と言ってもう片方のサポーターを元あった場所へと戻してくれた。
「他に欲しいものある?」
「いえ。スガさんは?」
「俺もないよ。」
「じゃあ、これ買ってきますね。」
一旦スガさんと別れ、レジで会計を済ませてから再び戻ると、それが当たり前のように買ってきたサポーターの入った袋を奪われて手を繋がれる。行こうか、と笑って歩き始めたスガさんのその笑顔とその一連の仕草に見惚れてしまって、歩き出すタイミングが一瞬遅れてしまった。これ以上遅れてしまわないように、少し駆け足でスガさんの隣を歩く。
「スガさん、それくらい自分で持ちますよ。」
口に出した後で、しまった、と後悔する。多分ここは、素直にありがとう、と言う所だ。きっと他の女の子だったらそうするだろうに。自分が女の子に優しくした時だってそうだ。彼女たちは「ありがとう」と笑う。所謂「女の子扱い」をされ慣れていない自分が何だか恨めしく思った。
「いいからいいから。」
スガさんは大して気にしていないようで、笑顔のまま歩く。その横顔をしばし見つめてから、ありがとうございます、と呟くと、スガさんはにっこり笑って私を見た。
「どういたしまして。」
その笑顔に釣られて、私もつい笑顔になる。あぁ、これで良かったんだ、まだ間に合った、と
安心して内心でほっと肩をなでおろす。そうだ、不慣れならこうやって一つずつ慣れていけばいい。一つずつ覚えていけばいいんだ。
折角のデートなんだから、と立ち寄ったファーストフード店で小腹を満たしつつ、他愛もない話に花を咲かせているうちに、あっという間に時間は過ぎてしまった。来た時と同じように手を繋いですっかり暗くなった夜道を歩く。少しだけ違うのは、家が近付く程に少なくなっていく会話。行く途中はあんなに楽しくて仕方がなかったのに、今は刻々と過ぎていく時間が、減っていく残り時間が、家への距離がもどかしい。楽しかった分、たまらなく寂しくて、離れたくないとさえ願ってしまう。あと少し。もう少しだけ。そうして引き伸ばした所でキリがないことは頭で分かっているのに、寂しいと泣く心に油断すれば負けそうになる。
「じゃあ、ここで。」
どんなに帰りたくないと願った所で叶うはずもなく、いつも通り家まで送り届けてくれたスガさんの手が離れる。代わりに今日買ったサポーターの
入った袋を手渡されて、それを受け取る。
もう少しだけ、と口を開きかけて慌てて噤む。駄目だ、これ以上スガさんの顔を見ていたら私はきっと駄々をこねてしまう。いつものように家の中へと踵を返すことも出来なくて、ただ俯いて立ち尽くす。せめて、スガさんが先にここから去ってくれたら。その背中を見送ることくらいはきっと出来るのに。そうやってスガさんに辛いことを押し付けているような気がして、そんな自分が嫌にさえ思えてくるのに、それなのにまだ動けない。
「名字、」
不意にスガさんに名前を呼ばれて顔を上げると、左腕を軽く引かれた。スガさんの顔が近付いて、一瞬だけ唇が触れて離れる。
「スガさ、」
「おやすみ。また明日。」
くるりと体を反転させられて、背中をぽんと押される。振り返るとひらひらと手を振るスガさんと目が合う。
ずるい。一瞬だけ触れて突き放すなんて。そうでもしてくれないと帰れない自分を棚に上げて、スガさんを責める自分はもっとずるい。もっと、とねだりそうになる自分を唇を噛み締めてこらえる。駄目。今は帰るの。明日も早いんだから。これ以上スガさんを困らせちゃ駄目なんだってば。
「っ、また明日。」
やっとの思いで声に出した言葉。私はうまく笑えただろうか。
「ん、また明日。」
そう言ったスガさんの顔が切な気に歪んでいたのが、見間違いとか勘違いとかじゃなかったらいいのに。
寂しくてたまらないんです
(それはきっと一緒にいた時間が楽しかった証)
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