何も言わないスガさんの数歩後を歩く。しばらくして立ち止まった場所は、第二体育館裏だった。
私達と同じように遊んでいたり、体育で使う人もいないようで、辺りは人気もなく、しんとしている。
「俺言ったよね?何されても文句言えないって。」
それが先ほどの私の質問の答えに相当するものだと、一瞬、間を置いてから理解した。私を見つめる顔からは笑みが消えていて、真剣な目が私を射抜く。
「はい。」
「それでもまだ理解できてないっていうの?」
「え、と、」
「バカな子だとは思ってたけど、ここまでとはね
。それとも何、鈍いの?無知なの?」
「す、スガさん?」
さらりと言われた散々な言葉たちにたじろぐ。いつの間にか、いつぞやと同じように壁際に追い詰められていた。
あれ。何でこんなことになってるの。私はただ、答えを知りたかっただけだった筈なのに。"私を貰って下さい"。その台詞に他意はなくて、だけど、彼らはそうじゃない口ぶりだった。その意図が知りたかっただけなのに。
「私を貰って下さい、なんて好きな子に言われたら、期待するに決まってるだろ。」
「な、にを、」
スガさんの両手が私の両頬に添えられて、軽く上を向かされる。綺麗なスガさんの顔が近付いて、唇に柔らかいものが触れる。それはすぐに離れて、至近距離でスガさんに見つめられる。キスされたのだ、とようやく理解して顔が一気に熱くなる。
「こういうコト。」
そう呟いて、また唇を塞がれる。何度も角度を変えて啄むように触れるスガさんの唇。縋り付くようにスガさんのジャージを握った私の手を包むように、スガさんの左手が触れて、右手で後頭部を支えるように抱えられる。どれくらいそうしていたのか、唇が離れると、額をこつんと合わせて、顔を覗きこまれる。
慣れない至近距離とキスの名残で、心臓がうるさい。本当にいつか壊れてしまうんじゃないかと不安になるくらい脈を打つ。
「少しは理解出来た?」
声に出そうにも、緊張やら恥ずかしさやらでいっぱいになった頭では何を言えばいいのか考えることは出来なくなっていて、ただ無言でコクコクと頷くので精一杯だった。
「そっか。」
ならいいべ、と笑ったスガさんにぎゅっと抱き締められて、私の心臓は更に鼓動を早くする。こんなにドキドキしてたらスガさんにバレてしまうんじゃないか、と不安が過ぎる。
「頼むからあんま煽るようなことばかり言わないでくれよなー。」
「へ?」
「俺だってそんなに余裕あるわけじゃないんだからな。」
「え、と、」
「ドキドキしてるのは名字だけじゃないってこと。」
体を離したスガさんにニッと笑顔を向けられて、このドキドキがバレていると悟る。
「さ、そろそろ戻るか。」
ぽんぽんと頭を叩かれて、そうですね、と返す。今度は並んで元来た道を二人で歩く。
「あ、そうだ。」
「何ですか?」
思い出したように呟いたスガさんの横顔を見る。
「シャツの裾で汗拭くの禁止な。前々からずっと気になってたんだけど。」
「何でですか?」
「お腹とか見えちゃうだろ。」
「別にそれくらい見られたって、」
どうってことないですけど。そう言うと、頭を小突かれた。
「俺が嫌なの。名字が何とも思ってなくても、それを見たヤツがどう思ってるか分かんないだろ。」
「まぁ、そうですね…。」
「名字は無頓着すぎるんだよ、色々と。」
「スミマセン。」
項垂れた私の頭を、今度はくしゃりと撫でられる。
「怒ってる訳じゃないよ。ただ、もう少し気を使ってくれると俺が安心できるって話。」
「…善処します。」
「ん。」
話している内に、第一体育館へ着いていて、中を覗くと、大地さんたち他の三年生が何人かいるだけで、牧達はいなかった。
「名字の友達ならついさっき戻ったぞ。これ、お前のだろ?」
大地さんから飲みかけだったペットボトルとシューズを受け取る。体育館に備え付けの時計を見ると、次の授業まであと五分を切っていた。そういえば、少し前に予鈴が鳴っていた気がする。
「じゃあ、私戻りますね。」
「遅れないようにな。」
「あんまり走って先生に怒られるなよ。」
大地さんに釘をさされながら、ぺこりと二人に会釈をして踵を返す。大地さんはああ言ったけれど、これは多分ダッシュしないと授業に間に合わない。それでもギリギリ教室に滑り込めるかどうか。呑気に考えてる暇なんてない。私は全速力で走り出した。不意にスガさんとのあのキスがファーストキスだと思い出して、その恥ずかしさに耐えきれず叫びながら廊下を走った結果、おそらく体育館に向かう途中だっただろう体育の先生に怒られたのは、多分お約束と言う奴だ。
ファーストキスは何の味?
(そんなの覚えてないよ!)
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