シューズの底が擦れてキュッキュッと鳴る。ダンダン、と床に叩きつけられて跳ねるボール。目の前を二人のディフェンスに阻まれて、ボールを手に止まる。ディフェンスを躱そうとしながらも、周囲の味方に目配せをしてパスを出す先を探る。迷っている暇はない。

「あ、スガさん。」
「え?」

不意に聞こえたスガさんという単語。無条件で反射した体が一瞬止まって、視線がその姿を探して泳ぐ。その一瞬を突かれた。
手の中にあった筈のボールは、死角から伸ばされた手によってあっという間に奪われる。騙された。そう気が付いた時にはもう遅かった。

「あッ!!」

ボールを奪い取った張本人、牧はチャンスとばかりに軽々と体を翻して走り出す。マズイ、カウンターをくらう、と慌てて私も走り出す。

「名字てめぇ、何やってんだ!!」
「ゲーム中にぼけっとしてんじゃねぇよ、リア充
!!」
「見え透いた手口に引っかかってんじゃねぇ、この"スガさん"フリークがッ!!」
「付き合い始めたからってふわふわしてんじゃねぇぞ!!」
「仕方ないじゃん、条件反射なんだから!!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ味方からの野次を聞きつつ牧を追いかけるも、結局追いつけずに彼が決めたレイアップシュートを見届けることになった。ぱさっと音を立ててボールがゴールへ吸い込まれ、落ちる。それを拾ってすぐにリスタートする。再び鳴るシューズの音。床へ叩きつけられるボールの音。

「その割にはその"スガさん"の誕生日知らなくて、色々やらかしたらしいぜ。」
「何で知ってるの!?」

相手チームの一人に暴露されて、思わず振り向く。名字、と鋭く味方に呼ばれてパスされたボールをキャッチする。素早くゴール下へ切り込んでシュートした。過たずゴールへ収まったボールを今度は相手チームの奴が掴んで、またゲームが再開される。走りながらも、会話は止まらない。

「牧に聞いた。」
「牧ィッ!!」
「『私を貰って下さい』だって?お前、マジ受ける。」
「うわ、それ言うヤツマジでいるんだ。」
「やっぱバカだな、名字。」
「でもそれ最高の殺し文句じゃね?好きな奴に言われたら。」
「まぁなー。で、その夜はどうだったんだよ、名字。」
「…何もなかった。」
「マジか。」
「生殺しかよ。お前タチ悪ィな。」
「いや、こいつがバカだから手出せなかったんじゃね?」
「ありうる。」
「その辺何にも考えてなさそうだもんな、名字。」
「"スガさん"に同情するわ。」

ここでバスケをしているクラスの男子達は誰もスガさんとは面識が無い。それなのにその存在を知っているのは、私がことあるごとにスガさんスガさんと騒いできたからだ。何だかんだ言いながら話を聞いてくれるいい奴達ではあるけれど、こうしてからかいの種にされている時ばかりは、不用意にスガさんの話をしてきた自分の愚かさを呪いたくなる。
しかも何。生殺しとかタチ悪いとか手出すって。何でそんな話になるの。

誰かが少し休憩しよう、と言って体育館の隅にそれぞれ置いていたタオルや飲み物を取りに歩き出す。着ていたTシャツの裾で汗を拭いながら、持ってきていたペットボトルのお茶を喉に流し込む。隣に座って同じようにジュースを飲んでいる牧に声をかけた。

「ねぇ、」
「ん?」
「さっきの話、何で手出すとかそういう話になるの?」
「何で、って、お前、」

牧は目を見開いた後、視線を泳がせた。牧の言葉を待ちながら、私は飲んでいたペットボトルの蓋を閉めて床に置く。ひかない汗をシャツの裾で拭いてから、制服のスカートの裾をぱたぱたとさせて風を送り込む。スカートの下には黒の短パンを履いているから見られても平気だ。正直、仮にパンツを少しくらい見られたところで気にはしないけれど。見た目だけなら、水着と大して変わらないと思えば、気にならない。それでもちゃんと短パンを履くようになったのは、スガさんの一言がきっかけだった。

「気になるなら直接聞いてくればいいんじゃね。」
「直接、って?」

聞き返せば、牧が体育館の入口を指さした。あの人スガさんじゃねぇの、と言ったその先には確かにジャージ姿のスガさんがいた。その隣には同じようにジャージを着た大地さんもいる。

「あれ、本当だ。って、牧、スガさんと面識あったっけ?」
「直接はねぇけど、顔は知ってる。」
「ふうん?」
「ほら、早く行ってこいよ。大好きなスガさんがこっち見てるぜ。」

そう言われてスガさんを見ると、目が合ってスガさんがにっこりと笑った。隣の大地さんは何故だか呆れ顔だ。

「じゃあ、ちょっと行ってくる。」

牧に手を振って、体育館の入口へと走った。

「スガさん!どうしたんですか?」
「ん?俺たちこのあと体育なんだよ。」
「今日からバレーだし、折角だから少し早めに行って練習しようかと思ってな。」

二人の言葉にそうだったんですね、と頷いた。

「そうしたら、お前たちがぎゃあぎゃあ騒ぎながらバスケしてたから驚いたよ。」
「俺は分かってたけどなー。」

これが初めてじゃないし、とスガさんが笑う。大地さんが呆れた顔をしていたのはそのせいらしい。

「あ、もしかしてさっきの会話聞こえてました?」
「あれだけ大きな声で話されたらね。」

スガさんの返事に、それなら、と口を開いた。直接聞けばいい。牧の言葉が蘇る。

「あの、何であの言葉が手を出すとかそういう話になっちゃうんですか。」
「名字、」

大地さんの顔が僅かに引き攣る。スガさんは何も言わない。

「スガさん?」
「少し、向こうで話をしようか。」

そう言って踵を返したスガさんの後ろ姿と、大地さんの顔を交互に見る。大地さんに行け、と目で促されて、靴を履き替えて慌ててスガさんの背中を追いかけた。





教えて下さい
(分からないのは私だけ?)