「前から思ってたけど、澤村も結構イイよねぇ。」

昼休み。大地と旭と三人で食べていた昼飯も食べ終わった頃、ひとり言と呼ぶには大きすぎる声で、隣の席の名字が呟いた。彼女はまだ食べ掛けのようで、その右手には箸が握られている。

「いいって、」
「大地、止めとけ。聞いたら絶対後悔するぞ。」

何が、と聞こうとした大地を、すかさず止めた。聞かない方がいい、聞いてしまったらこちらの負けだと、ここしばらくの間に鍛えられた直感がそう訴えている。名字の本性をまだ知らない大地が不思議そうに首を傾げるが、オススメ出来ないものはオススメ出来ない。

「んん?何で?」
「大丈夫、菅原が暫定トップだから。安心したまえ。」
「嬉しくねー。」

ああ、ほら、やっぱり。唐揚げを食べつつ、俺を見てにっこり笑みを浮かべた彼女から、ふい、と机の上で頬杖をついた顔ごと視線を逸らした。

「何の話をしてるんだ?二人とも。」
「内緒。」
「大地は知らない方がいいよ。」

疑問符を頭に浮かべたままの大地にそう告げた声がぴったりと重なる。旭と顔を見合せて分からない、という顔をされても、こればかりは答えられないのた。

「それよりさ、ちょっと三人にお願いがあるんだけど。」
「ん?お願いって?」

聞き返したのは、またしても大地だ。

「放課後、バレー部の見学させてもらうこととか可能かなって。」
「それは構わないが…、」

珍しいな、と溢した大地に、名字が何やら曖昧に頬笑む。その表情に、また良からぬことを企んでいるのでは、と俺の直感が囁く。

「いやー、まぁ、ちょっとね、」
「目の保養がしたいだけなら、俺が却下するからな。」
「違うよ!いや、違わないけど、」
「え、どっちなの。」

ごにょごにょと口を噤んだ名字に、終始ずっと黙っていた旭が突っ込んだ。少しの間、うろうろと視線を泳がせながら、食べ終わったらしい弁当箱を片付け始める。きゅっと包みの端を縛って、バッグの中へとしまった名字がこちらへと向き直った。

「資料が欲しいなって。まだ未定だし、決定じゃないんだけど、今年の文化祭に出す絵はバレー部をモデルにしようかなって思ってて。」

少し照れくさそうにそう話した名字に、俺と旭が同時に、へぇ、と相槌を打った。

「何でまた俺達なんだ?」
「好みだから。」
「は?」

大地が目を丸くする。それ以上の説明は一切するつもりはないようで、ふふふ、と名字は笑って机の中からカバーのかけられた文庫本を取り出した。

「という訳で見学の件、よろしくお願いします。」
「あ、ああ、」

言うだけ言って文庫本を開かれてしまっては、それ以上、俺達は声をかけることを憚られてしまう。彼女もまたそれを分かっているに違いない。涼しげな表情をしているその横顔を、俺は旭と大地と揃って少しの間見つめた後で、首を傾げあったのだった。





*****






予鈴か鳴って、大地と旭がそれぞれ戻って行ってから。

「大地達の前では猫被るんだな、名字って。」

本を閉じて、授業の準備を始めた横顔に話しかけた。

「そりゃあいくら私でも、誰彼構わず自分の好みを暴露したりしないよ。」
「ふーん、意外だな。」
「そう?」

彼女のことだから、自分好みの人間には誰にでもその屈託のない笑顔で好きだと言うとばかり思っていた。だから、彼女なりに人を選ぶというその発言には少なからず驚いて、それと同時に疑問も浮かび上がる。それを聞くべく、ちらりとこちらを見た彼女に、じゃあさ、と言葉を続けた。

「何で俺には言ったの?」
「菅原なら受け入れてくれるかなぁっていう勘と希望。あと、菅原が好みすぎて我慢出来なかった。」

さらりと返ってきた返答に、駄目じゃん、と思わず突っ込んだ。何が、誰彼構わず暴露しない、だ。あまりにも意志が弱すぎやしないだろうか。

「いいじゃん、実際菅原は引かなかったんだから。今だって、こうやって普通に話してくれるしさ。」

少しも悪びれもしなければ、反省する様子もなくて、何と返したものかと迷う。彼女の嗜好について、全く引かなかった訳じゃない。戸惑いの方が大きくてそんな余裕も無かった、という方がむしろ正しい。とはいえ、それをそのまま名字に話して聞かせる訳にもいかなくて。俺は結局、有耶無耶にするしか出来なかった。

「あー…、うん、そうだな。」
「菅原?」
「いや、何でもない。」

それでこの場はおしまいにする。名字もそれ以上は聞こうとはしてこなかった。そのことに安心している内に、本鈴が鳴って授業が始まって。

そういえば、俺はどうして彼女のあんな唐突なカミングアウトを、すんなりと受け入れられたのだろう。

そんなことを、授業を聞きながら、ぼんやりと頭の片隅で考えていた。