夏の体育の楽しみといえば、やはりプールだろう。水着になるのが嫌だという女子の声も聞くが、俺はやっぱり楽しいと思う。単純に水の冷たさが気持ちいいし、水の中ではしゃぐ楽しさは他の何とも比べられない楽しさがある。
自由時間に大地と競争をしたりクラスの男子たちと騒ぎながら、ふと名字はどうしているだろう、と視線を巡らせた。彼女のフェチについて、思いがけず力説を食らったのは数日前だ。プールなんて、彼女からすれば格好の舞台だろう。
視線の先で見つけた名字は、案の定というべきかプールの一番端のコースロープに体を預けてぷかぷか浮かびながらどこかを見ている。一緒にいた大地達に、ちょっと行ってくる、とだけ言いおいて水中に潜った。めいめいはしゃいでいるクラスメイト達を避けながら、彼女の方へと向かって泳ぐ。気付かれないように潜水で移動して、彼女との距離を詰めた。そうして、わざと勢いよく水面へと顔を出す。

「うわぁあっ、」

狙い通り驚いた様子で、目の前の名字が上体を仰け反らせた。その反応の良さに声を出して笑う。

「名字、目がやらしいー。」
「あ、バレた?」
「バレた、じゃないよ。否定しろよなー。」
「だってプールだよ!?水着だよ!?色々見放題、超ウハウハ!!プール最高!」

満面の笑みで俺に向かって親指を立ててみせる彼女は、予想と違うことなく至極嬉しそうにはしゃいでいる。楽しそうなのはいいことなんだろうけれど、彼女の場合、如何せんその「楽しい」の理由がズレている。むしろ、女子の水着姿に密かに色めき立っている男子に近いのは、女子としてどうなんだろう。

「菅原もやっぱりいいね、その鎖骨とか二の腕とか超好み。」

ごちそうさまです!、と嬉しそうに両手を合わせた名字に向かって、ばしゃりと思いきり水をかけてやった。

「ふぶっ、」

それを諸に顔面に受けた名字を見て笑っていると、乱暴に顔の水を払った彼女が仕返しとばかりにこちらに勢いよく水をかけてきた。俺もそれに応戦すべく、また彼女に水をかける。ばしゃばしゃと水飛沫を飛ばしながら、暫しの間水のかけ合いという攻防戦が続く。どれくらいそうして二人ではしゃいでいたのか、しばらくして名字がぜぇぜぇと肩で息をし始めた。

「お、もうバテた?」

体力ないなぁ、と笑う。キッと俺を睨んだ名字が最後の悪あがきとばかりに、盛大にかき集めた水をかけてきた。

「美術部なんだから、仕方ないでしょー!?」
「いやそれ、威張ることじゃねぇべ。」
「バレー部の菅原とは体力が違うんですー。」

不満げに口を尖らせる彼女を見て笑っていると、少し離れた所から名字を呼ぶ女子の声がした。こっちで一緒に遊ぼうよ、という誘いに二つ返事で答えた彼女が一旦こちらを振り向いた。

「じゃ、行ってくるね。」
「おー。」

ひらひらと手を振った彼女に、同じように手を振り返した。ちゃぷん、と水中へと潜った名字がゆったりと泳ぎつつ遠ざかっていく。美術部に所属はしていても、少なくとも泳ぎが苦手という訳ではないらしい。運動神経がどうかまでは分からないけれど。程なくして女友達と合流した彼女の横顔をぼんやりと眺める。

楽しげに笑い合うその顔は、他の女子と変わらない無邪気な笑顔で、素直に可愛いと思った。