「及川いる?」

昼休みになるなり、いつもは行くことのない購買へと走って入手した戦利品を手に、及川のクラスを覗いた。ドア近くの席でケータイでゲームに勤しんでいるらしい男子に声をかけると、ああ、と頷いた彼が教室の方へと向き直る。

「及川ー、彼女が来てるぞー。」
「は?」

思わず漏れた私の声など聞こえなかったのか、聞こえていて反応しなかったのか、及川を呼んでくれた彼は私の方など振り向きもせずに、ケータイに夢中になっている。そんな彼と入れ替わるようにして、至極嬉しそうな顔の及川が足早に駆け寄ってきた。

「名前ちゃん!どうしたの?」

及川さんに会いに来てくれたの?、等といつもの調子で笑う彼を無視して、廊下の隅へと移動する。

「私はいつから及川の彼女になったの?」

声を潜めて尋ねれば、別に問題なくない?、と及川が笑う。

「その方が都合がいいでしょ?」
「良くないよ。及川に好きな子が出来たらどうするの。」
「出来ないから大丈夫。」
「どうだか。」

ふい、と顔を背けると、そのうちそんな噂もなくなるよ、と声が降ってくる。

「それでも、俺にとって名前ちゃんが特別で、一番のお気に入りってことは変わらないけどね。」

よく言うよ、と吐き捨てた私の顔が微かに熱をもつ。及川の軽口に一々反応してしまう度に、多分赤くなっている筈なのに、そうさせた本人は何も言わない。その対応に、実は救われていると気がついたのは最近のことだ。

「それより、何か用があったんじゃないの?」

今だってこうして、さらりと話をすり替えてくれる。一体何処まで分かってやっているのだろうと、時々疑問に思う。

「ああ、うん、」

これ、と手に持ったままだったビニール袋を差し出す。不思議そうな顔で受け取った及川が、袋の中に入っている私の本日の戦利品を目にして、その顔がぱっと綻ぶ。

「岩泉に好きだって聞いたから。この間のお礼。」
「ありがと!俺が貰っていいの?」

頷いて肯定してみせると、及川がやった、と嬉しそうにはしゃぎ始めた。戦利品もとい購買の牛乳パン一つで、よくもまあそんなに嬉しそうに出来るものだと、くすりと苦笑いを溢す。

「名前ちゃんが俺に何かくれるなんて、初めてだよね?超嬉しいんだけど!」
「ああ、そう、」
「でもどうせなら、岩ちゃんにじゃなくて、直接俺に好きなもの聞きに来て欲しかったなあ。」
「だって及川うるさそうだったし。」
「名前ちゃんヒドイ!」

何とでも、と呟いて、じゃあ、と小さく手を上げた。

「そろそろ教室戻るわ。」
「うん、ありがとうね、これ。」

ひらひらと手を降ることで応える。くるりと踵を返した瞬間に、ねえ、名前ちゃん、と名前を呼んだ。何、と振り返れば、及川がへらりと笑う。

「今日の練習さ、」
「行かない。」

及川が言い終わるよりも早く、ばっさりと切り捨てた。だよねー、今日はいけると思ったんだけどなあ、と肩を落としてぶつぶつと呟いているその姿に、小さく笑う。

「試合ならいいよ。」
「えっ!?」
「だから、試合なら行ってもいいよ。」
「嘘!?ホントに!?名前ちゃん、何か変な物食べた?頭ぶつけたりしてない!?」
「じゃあ行かな、」

行かない、と言い終わる前に、ウソウソ、ウソです、ごめんなさい!、と及川が慌てふためく。冗談だよ、と笑えば、名前ちゃんのは冗談に聞こえないよ、とぼやいている。

「本当にバレーのルールとか知らないけどいいの?」
「いいよ。俺が全部教えてあげるから。」

見に来てくれるだけで十分だと笑う及川に、そう、と笑い返す。それじゃあ、と再度向けた背中に、及川が声をかける。

「後で場所とか時間送るから。絶対見に来てね!」

ひらひらと後ろ手に手を振ったタイミングで、予鈴が鳴った。ぱたぱたと教室へと小走りに駆けるその足が少しだけ軽いことは、どうか誰も気付かないで欲しい。