校舎裏とか、また随分ベタな場所を選んだなあ、と呑気にぼんやり考えている私を壁に追い詰めて、取り囲むようにして目の前にいる彼女達は、私がぼんやりしていることに気付いたようで、更に目を吊り上げた。

「ちょっとアンタ聞いてるの!?」
「性懲りもなく及川君にも岩泉君にもベタベタしてさあ、自分の状況分かってないワケ?」
「アンタみたいなブスに纏わりつかれて、及川君が可哀想ー。」

どうもブスですいませんねぇ。というか岩泉は可哀想じゃないのか。可哀想なんて、そっちの勝手な決めつけでしかないのに。いや、ホントに迷惑とか思われてたら申し訳ないんだけども。でも、今私を呼び出している彼女達に閉じ込められたあの日に二人がくれた優しさは信じたいなあ、とつらつらと考えている間にも、彼女達は私を傷付けるための、及川達から引き離すための言葉を次々とぶつけてくる。

「マジでウザイからいい加減消えてくんない?」
「アンタだってこれ以上嫌な思いしたくないでしょ?」
「それとも何?まだ懲りない?もっと遊んで欲しいとか?」

キャハハ、と楽しげに笑う彼女達をちらりと見やってから俯いて見せる。その口許に笑みが浮かんでいることを彼女達はまだ知らないだろう。

「私一人が及川から離れた所で、それで全てが収まるの?」

ゆっくりと顔を上げて、順番に彼女達の顔を眺める。はあ?、と眉を顰めた彼女達に構うことなく、私は更に口を開く。

「私じゃない誰かが彼女になったら?例えばあんた達の内の誰かが彼女になったら、それで納得できるの?そんな矛盾が許されるとでも?」

私にあれだけのことをしておいて?

一瞬にして、彼女達の顔が朱に染まった。返す言葉が見つからないのだろう、悔しさからか怒りからか、顔を歪ませている。

「当然、今一緒にいるオトモダチだって平気で裏切って傷付けるんだよね?私にしたみたいに。だって、及川に近付く女子も彼女も全部許せないんだもんね?」

言い終わるや否や、ぱん、と乾いた音が響くと同時に、頬に鋭い痛みが走る。

「分かったようなこと言わないで!」
「アンタなんかに何が分かるっていうの!いい加減なことばっかり言うな!」
「でも間違ってはいないでしょう?」

それとも何か間違ってた?

薄く笑う私とは対照的に、彼女達の怒りのボルテージがみるみる上がっていくのが分かる。再度振り上げられた右手は、彼女達の背後から近付いていた人物によって、今度は不発に終わった。

「はーい、そこまで。それ以上はいくら女の子が相手でも許さないよ?」
「及川君ッ!?」
「なんでっ、」

突然の及川の登場に狼狽える彼女達を掻き分けて、一緒に来ていた岩泉が私に近付いてくる。大丈夫か、と差し出してくれた濡れたタオルを受け取って先程叩かれた頬に押し当てる。

「呼び出される直前に私が呼んだ。いやあ、文明の利器って便利だねえ。」

スカートのポケットから取り出したケータイを手早く操作して、呼び出された旨とその場所を簡潔に伝えるメッセージを彼女達に示してみせる。ここへ来る途中にこっそり及川と岩泉に私が送ったものだ。

「ちなみに私が殴られるだろうことも予想済み。それを確認してから出てきてって、二人に伝えておいたから。」

でなきゃこのタイミングで濡れタオルなんて出てこないもんねえ、とからからと私が笑う一方で、先程まで烈火の如く怒っていた彼女達の顔からどんどん血の気が引いていく。

「俺としては名前ちゃんが一回でも叩かれるなんて許せなかったんだけどねえ。どうしてもって譲ってくれなくて。」

及川が掴んでいた彼女の手首を離す。にこにこ笑っているようで、その目は笑っていない。

「今後一切、名前ちゃんに近付かないでくれる?」

笑顔を崩さず牽制する及川に、一時は狼狽えていた彼女達が負けじと噛み付いた。

「何で!?この子の何処がいいの!?全然可愛くないし、性格だって最悪じゃん!」
「そうだよ!私たちの方が全然、」

顔はともかく性格のことをあんた達に言われたくないよ、と内心で悪態をつく。及川の表情は変わらないまま、にこにこと彼女達を見下ろしている。

「名前ちゃんは可愛いよ。性格だって、まあ悪くないとは言わないけど、少なくとも君達よりはずっと真っ直ぐで芯があって強い子だよ。君達みたいに三対一で呼び出したりしないし、こそこそ隠れて卑怯な嫌がらせもしない。」
「でも現に今、」
「俺達がいるのは、あくまで俺達の意思だ。名字の意思じゃない。」

揚げ足を取ろうとするも、あっさりと岩泉にあしらわれてしまう。悔しげに顔を歪めた彼女に追い討ちをかけるように、及川が更に言葉を続ける。

「一回だけだったら、見なかったフリをして俺達が出てくる予定はなかったんだよ。二回以上名前ちゃんを叩くようなら、俺達の判断に任せるって、君達が名前ちゃんを呼び出すずっと前から決めてたんだ。」
「嘘よ!そんなのどうとだって言えるじゃない!どうせ全部この子の口車に乗せられているだけなんでしょ!?」

私は信じない、と強情にも折れようとしない彼女に、じゃあ誰の言葉だったら信じるの、と問いかけた。

正直ここまで諦めが悪いとは思わなかった、二人が加勢してくれたのは賛成だったな、と内心で息を吐く。

「私の言葉も信じない、岩泉も及川の言葉も信じない。それで誰の言葉なら信じるの?それとも、自分に都合の悪い話は全部聞き入れないつもり?どうしても私を悪者にしたいなら好きにすればいいよ。でも、」
「名前ちゃん。」

それじゃあ聞き分けのないガキ同然だね。

そう言おうとした言葉は、及川に制されてしまった。強い視線が、それ以上は口を開くなと言っているような気がした。その代わり、とでもいうように、及川の唇が動く。

「信じないっていうなら、それは君達の自由だけどさ。今後名前ちゃんに少しでも危害を加えようとするなら、俺は女の子相手だろうと容赦なく潰すよ。もちろん俺の意思でね。」
「俺もいるぞ。もう二度と、名字一人に全部背負わせるつもりはねえからな。」

俺達を敵にまわす覚悟はある?

笑顔とは裏腹に鋭い及川の視線がそう言うように、彼女達を刺す。さすがにこれ以上は何も口に出せないようで、ずるずると彼女達の足が後ずさる。ねえ、もういいよ、行こう、これ以上はヤバイって。ひそひそと囁く声が聞こえて、最後まで折れようとしなかった一人がキッと私を睨み付けると、くるりと踵を返した。逃げるようにぱたぱたと走り去っていくその後ろ姿に、他の子にもこの話広めておいてね、等と及川が呑気な声で追い討ちをかける。

「さすがに言い過ぎなんじゃない?潰すとかさ、」

後ろ姿が見えなくなった所で口を開けば、何言ってるの、と及川が私に視線を寄越した。

「名前ちゃんの方がよっぽど容赦なかったじゃん。あの子達の痛い所ズバズバ突いてさ。」
「あれくらい言った方が、やり返す気も失せるだろ。」

まるで自分達には非などないとでもいうように、二人ともけろりとしている。これは私が思う以上に最強の見方を手にしてしまったのかも、と一人苦笑いを溢した。

「それより名前ちゃん、大丈夫?」

何が、というよりも早く、及川の手が伸びる。濡れタオルを頬に押し当てていた私の手に、及川のそれが重なって私の手ごと頬から引き離す。そうして、そっと及川の親指が私の頬を撫でた。

「引っ掻き傷はなさそうだね。このままもう少し冷やしてなね。」
「う、ん、」

突然の及川の行動に思考が追い付かず、曖昧に頷く。及川の手でまた私の手を頬へと戻すと、彼の手は離れていった。今まで及川にも、他の誰かにも、そんな風に触れられたことなどなくて、どうしていいか分からず呆然としている私を他所に、及川がにっこりと笑う。

「これで一件落着、かな。」
「ああ、うん、多分。ありがとうね、二人とも。」
「別に大したことしてねえよ。」
「そうそう。名前ちゃんのためなら、いくらでも及川さんが力になるからね。」

もう一度ありがとう、と呟いて笑いかければ、二人も笑い返してくれる。それが何だかやけに嬉しくて、安心して、また笑みが溢れる。

この二人が見方でいてくれるなら、私は多分無敵なんだろう。だからこそ、二人に恥じない自分でいたいと思う。彼らがくれる優しさを、胸を張って受け止められる自分でありたいと願う。この願いは多分、二人と一緒にいる限り続いていくのだ。