畳のい草の匂いと部室に充満する汗の匂い、すぐそばから感じるスガさんの匂い。ゆっくりとした動作でスガさんに部室の畳の上へと下ろされる。
そのすぐそばにスガさんが腰を下ろした気配がした。
「ここでしばらく横になってな。」
「スミマセン、」
優しい声に謝罪の言葉を呟いても、スガさんは何も言わなかった。ちらり、と横目でスガさんを見上げてから、まだくらくらとする頭に従うまま目を閉じる。また、脳裏に蘇った牧の言葉に思わず眉をしかめた。まだ、付き纏うの。まだ、離れてくれないの。まだ、どうしたらいいのか答えが出せないっていうの。
「あの、スガさん、」
「ん?」
「私なら大丈夫ですから、スガさんは練習に戻ってくれて、」
「名字が今日ずっとぼーっとしてたのってさ、」
いいですよ、と言いかけた言葉はスガさんに遮られてしまった。閉じていた目を開けると、いつからこちらを見ていたのか、スガさんと目が合った。
「いつも一緒にバスケしてるあの男子に告白されたから?」」
声が詰まった。何でスガさんがそれを知っているの。もしかして、見ていたの?
「ごめん。立ち聞きするつもりなかったんだけど、偶然聞こえちゃって。」
「そう、ですか。」
喉がからからに渇いている。頭はくらくら目眩がする。
「あの、私、告白は断って、」
「うん。知ってる。」
「…。」
他に何を言えばいいのか分からなくて口を閉ざした。スガさんは、何を言おうとしているんだろう。私から何を聞きたいのだろう。
「名字が告白されてるの聞いて正直焦った。」
「え?」
そう呟いてスガさんは俯いてしまって、私からは顔が見えない。ぽつぽつ、とスガさんが話始めた。
「初めて名字を誰かにとられるかもしれないって思った。名字が好きだって言ってくれることに甘えて、今の関係に甘んじてたんだ。」
「スガさん?」
「今の俺じゃ、名字を繋ぎ止める資格も、誰かのものにならないでくれって言う資格もないって。」
待って。待ってよ。一体何を言おうとしてるの、スガさん。話が見えない。
困惑する私をよそに、スガさんは話し続ける。
その言葉を聞き逃さないように注意を払いながら、ゆっくりと体を起こす。顔が見たい。もっと近くで、その声を聞きたい。
「一時的でも、名字にそのつもりがなくても、それでも名字の頭の中がアイツで一杯にされてるのが悔しい。名字の頭を埋め尽くすのがいつだって俺であればいいのにって。」
「スガさん、」
「今こんなタイミングで言うなんて狡いって分かってる。分かってるけど、でも、ごめん。」
言わせて欲しい。そう言って顔を上げたスガさんと目が合う。眉を寄せて苦しそうなその表情が、何だか今にも泣き出してしまいそうで私まで苦しくなる。
「名字が好きだよ。」
「ッ、」
「好きなんだ。」
「私も、スガさんが好きです。」
「うん。」
ふわりと笑ったスガさんに抱き締められて、ぎゅう、とその体を抱き締め返した。同じように抱き締めてくれる腕が、温もりが、匂いがすべてが嬉しい。ほんのついさっきまで悩んでいたあの悪友のことなんて吹き飛んでしまった。頭の中を、体中全部がスガさんに埋め尽くされたみたいだ。
ああ、もう、どうしよう。たまらなく幸せだ。現金なヤツって思われてもいい。今の私は多分無敵で、何を言われたって気にならない。
どうか今は、この幸せに浸らせて下さい。
時間よ止まれ
(だって、この時をずっと待ち望んでいたの)
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