「やっと終わったー!!」

歓喜の声と共に両手を挙げた名前さんとハイタッチを交わす。ついさっきまで二人して睨みつけていたパソコンの画面に表示されている時間はとうに午前三時を過ぎている。

「もう今日は寝れないかと思ったよ・・・。」

名前さんが苦笑いを浮かべながら、慣れた手つきで完成したそれ、ウェディングムービーを保存すると、てきぱきとパソコンをシャットダウンさせる。その画面を視界の端に映してから、そっと彼女の両肩へと手を伸ばす。彼女の背中が俺に向くように彼女の体の向きを変えて、その肩に手をかける。長時間のパソコン作業のせいですっかり凝り固まってしまった肩を、ぐ、と手に力を込めて揉みほぐす。あーきもちいいー、と呟いた声は艶やかとは程遠くて、どこかおじさん臭いような気がしたけれど、それもまた彼女らしさだと思うと何だか微笑ましい。

「お疲れ様。」
「孝支もね。」

労いの言葉をかければ、至極当然のように返ってくる言葉。痛くないように注意を払いながら肩をほぐし、ついでに背中もぐぐ、と押してやればまた聞こえる気持ちよさげな声。彼女の細くて華奢な肩や背中を見つめながら、そんな風に思うようになったのはいつからだったろうとふと考える。子どもの頃の俺の目に映っていた名前さんは、背中も身長も大きくて大人だった。だけど再会した時には、俺より大きかった筈の彼女の背は俺よりもずっと小さくなっていた。あれほど大きく見えていた背中はとても華奢だったと気がついて、気がつかない程に当時の自分は酷く幼かったのだと思い知った。

分かっていたつもりで分かっていなかった十年という歳の差。それはどんなに俺が願った所で、永遠に埋まることの無い差。埋まらないからこそ、追いつきたくて、近付きたくて背伸びしたこともあった。子ども染みた本音を隠すことが大人だと勘違いして、言いたいことを飲み込んだこともあった。俺が告白した時にきっと名前さんが感じただろう躊躇を慮ることが出来たのは、それから何年も経った後だった。幼い頃に名前さんの後ろを付いて回っていた頃と変わらず、ただただ彼女の後ろを歩くだけだった自分。

そんな自分は彼女の目にどんな風に映っていたんだろう。

「名前さん、」

マッサージをする手は止めずに彼女の名前を呼ぶ。こちらを振り向かずに、んー?、と相槌を打ったその背中に話しかける。

「俺、少しは名前さんに追いついたかな?」
「うん?」
「小さい頃からずっと名前さんの背中を追いかけるばかりだったからさ、俺。」

だから、と呟くと、名前さんがふふふ、と笑みを零す。そうして、孝支は馬鹿だねえ、と笑いを含んだ声で言う。「馬鹿」という言葉にむっとしたのも束の間、不意に名前さんが俺に体重を預けるようにして後ろ向きのままもたれかかってきた。

「孝支はもうずっと前から私の隣を歩いてくれてるよ。」
「え?」

名前さんの思ってもみなかった言葉に耳を疑った。だっていつも俺のこと子供扱いしてたじゃん、と零せば、そりゃあね、と彼女が頷く。

「だって昔は本当に子どもだったからさ。男の子だし、私といることで尚更背伸びしたがる孝支の気持ちが分からない訳じゃなかったけど、孝支が子どものうちは無理して大人のふりなんかして欲しくなかったもの。」

だから必要な時には子ども扱いしたよ。
そう言って俺を見上げた名前さんと目が合う。に、と口許を歪めた名前さんが体を起こして俺と向き直る。行き場を無くした俺の両手を名前さんがそっと握る。

「でも今は違う。孝支はちゃんと立派な大人で、男の人で、だからプロポーズだって受けたんだよ。」

その言葉で、ずっと胸につかえていた何かがやっと取れたような気がした。結婚式をあと十数時間後に控えた今になって解放されるなんて。必死の思いでしたプロポーズに、何の躊躇いもなく「はい」と即答してくれたことに安堵する一方で、正直不安もあった。本当に自分でいいのだろうかと。俺がまだ高校生だったあの日再会した名前さんとやっと同じ歳になったって、就職してそれなりに仕事も覚えて、後輩だって出来て頼られることが増えたって、名前さんより十も年下の自分に自信がなくて、心の何処かに迷いを抱えたまま、今の今まで式の準備をしていたけれど。

「私の隣に立って寄り添ってくれる孝支だから、一緒にいたいの。」

真っ直ぐに俺へと向けられる言葉に、やっぱり敵わないと思う。隣にいる、と言ってくれても、やっぱり俺は彼女の一歩後ろにいるような気がする。

思わず泣きそうになって、でも涙なんて見せたくなくて、名前さんをぎゅっと抱き締める。

ずっと追いかけるばかりだった華奢な背中。その背中を今日からは俺がずっと守っていくから。名前さんが俺にしてくれたように守っていくから。名前さんがくれた優しさを、今度は俺が返すから。

だから名前さんのこれからをどうか俺に下さい。



永遠前夜
(他の誰でもなく貴女に誓います)