昼下がりのカフェテラス。ぽかぽかと暖かな陽射しが窓から差し込む、お気に入りのカフェの窓際の席。文庫本の小説を読みながら、時折紅茶をすする。そうしてのんびりと彼が訪れるのを待つ。待ち合わせの時間より早めに来て、彼を待っているこの時間が好きなのだ。決まって約束の時間より五分早く来て、待った?、と笑いかけてくれるあの微笑みが好きだと気付いたのは実は割と最近のこと。
早く来ないかな。ああ、でも、本の続きも気になるから、もう少し後でもいいかも。いやでも、やっぱりあの笑顔に会いたいなあ。
「名前。」
名前を呼ばれて小説から目線を上げれば、私が待っていた人、孝支が待った?、と小首を傾げて不安そうに微笑む。ああ、やっぱりその笑顔好きだなあ。
読みかけのページにしおりをはさんで、ぱたんと本を閉じてバッグにしまう。
「ううん。大丈夫。」
良かった、と笑った孝支が、お水を持ってきてくれた店員さんにアイスコーヒーを注文して、私の向かいの席に腰掛ける。
「ごめんな。講義がちょっと長引いてさ。」
少し遅れた。そう言われて腕時計を見てみれば、確かに約束した時間を五分程過ぎている。孝支が遅れてくるなんて珍しい。全然気が付いていなかったけれど。
「大丈夫。本読んでたし。」
にっこりと笑いかければ、何読んでたの?と聞かれて、本のタイトルを答える。面白いかとか、どんな内容だとかをつらつらと話す。そうしているうちに運ばれえてきたアイスコーヒーを、孝支が飲む仕草さえカッコイイと思う私は何も変わっていないと思う。大学二年になって、ようやく昔は興味もなかった化粧を覚え始めて、お酒の味も知ったというのに、孝支を好きな気持ちはずっと色褪せないどころか、どんどん増していくのだから、困ったものだ。
変わっていないこともあるけれど、変わったこともある。それは、お互いの呼び方が、名字から名前に変わったこと。変わった、というよりは、戻ったという方が正しいのかもしれない。でも、関係はただの幼馴染みから恋人へと変わったのだから、戻った、という言い方はやっぱり語弊があるような気もする。
「ねえ、孝支はどうして私を好きになってくれたの?」
私のことなんて眼中になかったんでしょう?、と聞けば、孝支は驚いたように目を丸くして、数回ぱちぱちと瞬かせた。そうして困ったように、ううん、と唸る。
「名前が俺の代わりに泣いてくれたから、かな。」
今度は私が目を瞬かせる番だった。孝支が照れくさそうに笑う。
「前の彼女と別れた時、名前、物凄い剣幕で怒って泣いただろ?」
私としては黒歴史と化した過去を掘り起こされて、曖昧に頷く。まさかそんな過去を今更になって持ち出されるとは思っていなかった。
「驚いたし、ショックだったんだけど、あの時少しだけ嬉しかったんだ。何となく、救われた気がしたんだ。」
初めて知った。孝支があの時そんな風に感じていたなんて。孝支の言葉で、ようやく私が救われたような気がする。あの時の憤りも涙にも、意味があったのだと今になってやっと思える。
「知らなかった。」
「うん。だって誰にも言ってないし。」
それで名前は?、と口元を歪めた孝支は多分、私が口篭ってしまうことを知っている。自分にもふられると思っていなかった私にとっては、とんだやぶ蛇だ。聞かなければ良かったなんて、今頃後悔したってもう遅い。どうなんだよー、とニヤニヤ意地悪い笑みを浮かべながら、執拗に問い詰める孝支はこうなったら後には引かないことは、長年の付き合いで承知している。
さあ、どうやってこの場を切り抜けようか。叶うなら、誰か私に知恵を授けてはもらえないだろうか。
それでもこの恋は嘘じゃない
(好きな気持ちはずっと本当、)
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