昼休みを告げる鐘が鳴って、午前の授業が終わる。途端に騒がしくなった教室の中で、ぐぐ、と伸びをしてから机の上の教科書たちを片付ける。先にお手洗いへ行って戻ってきた時には、すでに理沙は私の前の席の椅子に腰掛けて弁当を広げていた。お腹空いた、なんて話しながら自分の弁当を机に出す。ちらり、と横目で見た菅原の席にはすでに彼の姿はなくて、おそらく今日も彼女と食べるために何処かへ移動したのだろう。

「ねえ、理沙。」

徐に口を開けば、何、と彼女が私に視線をよこす。何となく辺りを見渡してから、少し声のトーンを落として切り出す。

「秋山さんのことなんだけどさ、最近何か噂とかない?」
「菅原くんの彼女?何で?」
「いや、実は浮気してるかもしれないらしくて。」

小声で呟いてから、ウインナーとご飯を口に運ぶ。もぐもぐと咀嚼しながら、理沙の反応を窺う。彼女はあー、と唸りながらふい、と目をそらした。そうしてもう一度私を見つめる。小さく手招きをされて顔を近付ければ、理沙が耳打ちするようにそっと口元へ手を寄せた。

「あんまり大きな声じゃ言えないんだけど。」

そう言いおくということは、何やら思い当たる節があるらしい。いよいよグレーが黒に近付いてきたようで、黒いものがひっそりと私の中で唸り始める。

「実は少し前に、大学生っぽい人と手繋いで歩いてるとこ見たことあるんだよね。」
「はあ!?」
「ちょ、声大きい!」

慌てて口を塞がれて、ごめんと謝る。小声で、それ本当なの?、と聞けば理沙が複雑そうな表情で頷く。

「私だけじゃなくて、他にも見たことある人がいるみたい。彼女の周りじゃ、ちょっと噂になってるみたいよ。」
「何で、」
「さあ?何か友達に誘われて行った合コンで知り合ったらしいよ。」
「彼氏持ちがそもそも何で合コンに行くのさ…。」
「さあね。」

どんどん眉間の皺が増えていく私とは対照的に、理沙の反応は酷くそっけない。苛立ちを隠そうともせずに残りの弁当を、次から次へと頬張る。

「知ってたなら何で教えてくれなかったの?」
「だってあくまで噂は噂だし、当人同士の問題であって、私達第三者がどうこう言える話じゃないでしょ。」

理沙の言葉はどこまでも冷静だ。間違っていない。彼女の言う通り、聞いたって私に何が出来るというのだろう。グレーは限りなく黒に近付いたけれど、本当に浮気してました、なんて私は菅原に言えるのだろうか。それを言えば、菅原が傷付くと分かっていて、私は言えるのだろうか。

「…マジふざけんなっつーの…。」

食べ終えた弁当箱を片付けて、机の上に項垂れる。
人が長年片思いしていた人と付き合ってるくせして、のうのうと浮気だなんて、冗談じゃない。

「言うの?」
「言える訳ないじゃん。菅原が傷付くの分かってるのに。」
「でも言えば別れるかもしれないじゃない。」

まだ好きなんでしょ?、と私に問いかける理沙の言葉に、そうだけど、と呟く。
そうだけど。好きだけど。好きだから、

「菅原が傷付く所なんて見たくない。」

傷付くのは私一人でいい。痛いことは全部私が引き受けるから、菅原にはどうか笑っていて欲しい。そのために私に出来ることがあるのなら。

「秋山さんと直接話してくる。」
「え?」

項垂れていた顔を上げる。困惑顔の理沙にへらりと笑いかける。

「本人に真相を聞いてみる。それでどうするつもりなのか聞く。」
「別れるつもりだったら?」
「すぐにでも切り出してもらうように言う。別れるつもりがないなら、まだ好きなら、浮気相手と別れてもらって隠し通すようにしてもらう。」
「余計なお世話って怒られてもしらないよ。」

第三者のあんたが介入するのは、友達としてはおすすめしないんだけど、と理沙が忠告する。お節介だと自分でも分かっている。関係がないことも。けれど、菅原のことを好きな幼馴染みとしては、ほっとけないのだ。何もしないで手をこまねいているなんて嫌だ。

「大丈夫、傷付くことはもう慣れたよ。」

笑顔を浮かべてみせる。理沙はもう何も言わなかった。



嘘をまたひとつ
(本当は怖いくせに、)