例年の如く、というのはものすごく腑に落ちない言い方だけど、初戦でIH予選したその翌日でも練習はある。否応なく、次へと向かって動き出す。悔しくて仕方がなくてただただ泣いた昨日。それも、一日経てば過去の話。
男子は、今日はどうだったろう。相手は青城だ。きっと楽な試合ではなかった筈。練習がなければ、応援に行けたのに。こういう時だけ、自分がバレー部でなければよかったのに、と都合のいい考えが過ぎるのは、いつものことだ。バレー部でなければ、スガさんと出会うことも、近づくことさえ出来なかったかもしれないというのに。

ただひたすらに待つことしか出来ない時間がもどかしい。連絡してくれると約束した訳でもないのに、一人で勝手に待つ。
自室の窓を開けて、すっかり日が落ちて暗くなった夜空を見上げる。良くも悪くもとうに結果は出ているはずで、いつまでも鳴らないスマホが不安を掻き立てる。負けてしまったのだろうか。でも、負けるなんて信じられない。想像もしたくない。あのメンバーならきっと大丈夫。

「大丈夫。」

言い聞かせるように呟く。

不意に静かな部屋に聞き慣れた電子音が響いた。弾かれたように、その音源のスマホを振り向く。慌てて駆け寄れば、液晶に表示されている「スガさん」の文字。ばくばくと早鐘を打つ心臓を落ち着かせようと、深呼吸を一度する。

「もしもし。」
「名字?」
「はい。」
「今大丈夫?」

大丈夫です、と答えながら、自分の声が上擦っていないことに安堵する。電話越しに聞こえるスガさんの声が少し元気がないように感じるのは気のせいだろうか。

「今日、さ、」

静かに切り出したスガさんの声に肩が強ばる。
どうだったんだろう、これが嬉しい報告でありますように。

「勝てなかった。」

その言葉に、一瞬頭が真っ白になった。そうですか、と呟いた声は今にも消え入りそうな程小さくて掠れていた。息が詰まって苦しい。
嘘。嘘だ。負けたなんて。そんなこと、嘘だって言って欲しい。だけど、電話越しに伝わる沈黙が嘘じゃないと物語る。
何て、何て言えば言いの。私に、何が言える?どんな言葉をかけたらいい?

「あ、の、スガさん、」
「うん?」
「お疲れ様、でした。」
「…ありがとう。」

考えて出てきた言葉はそれだけだった。それ以外の言葉が浮かばない。励ましの言葉も、慰めの言葉も、何か違う。こういう時にこそ、支えたいって、力になりたいって思うのに、いざとなると何も出来ない自分に嫌気がさす。
沈黙ばかりが流れていく。

「俺、さ、」

沈黙を破って先に口を開いたのはスガさんだった。

「まだ、残るよ。春高行く。」
「え?」

春高。その言葉に、沈んでいた感情がふわりと浮く。

「引退、しないんですか?」
「名字は俺がいなくなった方がいい?」
「そんなことあるわけないですッ!!」

思わず声が大きくなる。電話越しにくすくす笑うスガさんの声が聞こえる。
いなくなった方がいいなんて、そんなことあるわけない。いてくれる事が、まだ一緒にバレーやれることが、近くにいられることがこんなにも嬉しいのに。

「そっか。よかった。」
「まだ、一緒にバレーやれるんですよね?またスガさんにトス上げて貰えるんですよね?」
「そうだよ。」
「スガさんの側に、いられるんですよね?」
「うん。」

さっきまで落ちていたのが嘘みたいに急上昇した心。本当は私がスガさんを元気付けたかったのに、結局私の方が救われていて。いつだったか、スガさんは私に敵わないと言ったけれど、敵わないのは私の方だ。一枚も二枚も上手なスガさんはいつだって私の遙か前を歩いてる。

だけど、それでいい。だからこそずっと尊敬しているのだ。その背中を私はきっとずっと追いかける。

今は負けた悔しさに浸るよりも前を、まだ続く未来を信じたい。

そう思った。





さあ、顔上げて
(落ち込んでいる時間なんて無いのだから)