卒業証書授与式と書かれた看板をちらりと横目で見つつ、校門から少し離れた位置で塀にもたれて立つ。ちらちらと感じる高校生の視線は気にせずに、肩に下げた大きめのバッグからケータイを取り出して、これから向かう東京への道順や住所を確認する。大体頭に入れた所でケータイをしまい、目の前を通り過ぎていく高校生達を眺める。

たった一年だけ通った母校、と呼べるのか分からないけれど懐かしい風景。かつての自分も彼らと同じ制服を着てこの場所へ通っていた。それは酷く遠い過去のような気がして、彼らがとても若く幼く見えるのは、それだけ自分が歳を重ねたということなのだろう。…そのまだ成長途中の若い高校生と付き合うことになるなんて、本当に想像もしていなくて、何かの間違いなんじゃないかとさえ思えてしまう。だけれど、この期に及んでまだ側にいたいと思ってしまう程度には、彼が好きなのだから間違いである筈もない。

高校生の彼は今日この学校を卒業して、後に控えている受験が無事に終われば、また新しい世界へと足を踏み出す。今よりも広がった世界で、自分が誰で、何を知って、何のために生きていくのかきっともうすぐ分かってしまうのだろう。

一人物思いに耽っている間に、私の前を見慣れた背中が通り過ぎる。昨日の弱さを強さに変えて、少しずつ大きくなっていった背中。その背中を眺めていることが好きだった。楽しそうに友達とはしゃぐその背中がなんだか、

「名前さん!?」

不意に通り過ぎた筈の彼が振り向いて、こちらに駆け寄ってくる。軽く手を上げてよっ、と声をかければ、驚いたように目を丸くした孝支と目が合う。

「どうしたの?こんなところで。」
「今日これから東京に行くからさ。その前に顔見ておこうと思って。」

そっか、と少し寂しそうに笑った孝支に微笑みかける。

「卒業おめでとう。」
「ありがとう。」
「卒業式退屈だからって、寝るなよ。」
「寝ないよ!」

すかさず声を上げた孝支に、ははっ、と笑みを零す。

「孝支なら大丈夫だね。」

大丈夫。その言葉を何度君に言っただろう。暖かい心でただ包み込んであげたくて、出来るだけそうしてきたつもりだけど、どれくらい出来たかな。

「何かあったらいつでも連絡して。」

痛みを背負って挫けそうなったら、大丈夫、大丈夫の魔法をかけてあげるから。今までと同じように何度だって。いつか段々君にとって必要なくなってしまうけれど、きっとそれが未来への許可証なんだろう。

「何かなくても連絡するよ。」
「うん。」

無邪気に笑った孝支につられるようにして、私も笑う。誰かのサイズに似通わせるルールなんてないことを、多分君は段々と気付いていて、だからこそ君は君でいて。そう伝えようとして、何だか照れくさいような、私が言うのはおこがましいような気がして、開きかけた口を閉じる。

「元気でね。」
「名前さんも。」

いよいよ別れが近付いているのだと思うと、不意に寂しさがこみあげる。それを隠したくて、涙の代わりに笑顔を作る。

「ほら、早く行きな。遅刻しても知らないよ。」
「ええー、何それ。もう少し別れを惜しむとかないの?」
「ありません。」

何だよー、と不貞腐れたように唇を尖らせた孝支が何だか可愛くて、くすりと笑みを零す。次の瞬間、ぐいと体を引き寄せられたと思った時にはもう孝支に抱きしめられていて、少し慌てる。

「ちょ、孝支?」
「俺待ってるから。名前さんが帰ってくるの待ってるから。会いにだって行くから。」

ぎゅう、と力いっぱいに抱きしめられて体が少し痛い。彼を宥めるように背中に回した手で、大きな背中をぽんぽんと叩く。

「ねえ、孝支。」

今から少し恥ずかしいこと言うけど、聞いてね。

そう言いおいてから、ゆっくりと口を開く。君が大人になってしまう前に、残したいこと、伝えたいこと、私なりに探したの。どうか、君のこの晴れやかな門出が悲しみや寂しさで溢れないように。

「たくさんの大嫌いも、大好きも、現実も、未来も、可能性っていうリボンをつけて孝支は確かにもう受け取っているんだからね。」

だから。

ゆっくりと孝支の体を離して、彼の顔を真っ直ぐに見つめる。

「自信を持って、胸を張って、目を開いて、前を見て。」

こんな日のために、私はずっと君を見つめてきたんだから。これから先も隣で見つめていたかったけれど、叶わないならせめて伝えさせて欲しい。

「強く生きてね。」

うん、と力強く頷いた孝支に、満足気に微笑む。くるりと彼の体を反転させると、その背中をそっと押してやる。

「ほら、行っておいで。」

孝支が振り向く。その表情は満面の笑顔で。

「行ってきます!」

手を振って踵を返した孝支に手を振り返す。朝の光に照らされながら、少しずつ遠くなっていく背中を見つめる。

君がたくさん悩んで迷いながら、色々なことを選んで決めてきたこと、十分知ってるから。だから迷わずに歩きだして。一歩ずつ、一歩ずつ。

遠くなっていく背中が寂しいけれど、今は最後まで笑って君の背中を見送るから。溜め込んだ涙は持ち帰るよ。

「強く生きて。元気でね。」

呟いた声はもう届かないけれど、それでいい。

君が大人になってしまう前に、私は君に何かを残せたかな。残せていたなら嬉しいなあ。




未来へと歩き出す君へ
(その隣に僕はいないけれど)


song by UNISON SQUARE GARDEN「君が大人になってしまう前に」