「…あれ?」

影山(と日向)のお遣い騒動の後、げっそりとしながら部屋に戻ると、違和感を感じてふと部屋の入口で立ち止まった。

「どうした?スガ。」
「いや、あれ、誰かいる?」
「えぇっ!?」

部屋の奥の膨らみを指さすと、旭が怯えた声を上げる。びくびくとデカイ体を縮こまらせてビビっている旭は無視して、大地と部屋の中へと足を踏み入れる。違和感の正体、部屋の奥でぽっこりと膨らむ布団へと近付く。

「…名字?」

その布団の枕元にしゃがみこんで、そこに寝ているよく知った顔に目を丸くした。

「何だ、名字かあぁぁ。」
「何で此処で寝てるんだ?」
「さあ?」

あからさまにほっとした旭の横で、大地と二人で首を傾げる。他の一、二年はそれぞれ寛いだり、寝る支度を始めたりしている。
名字はといえば、一向に起きる気配はなく、すやすやと寝息を立てている。少なくとも、俺たちが帰ってこない影山を心配して様子を見に行く時には、彼女はいなかった。俺たちが出て行ったそのあとで彼女はここへ来て、どういう訳かそのまま寝てしまったということだろうか。

「どーする?」

大地を振り返ると、どーするも何も、と困った顔をして頭をかいている。

「起こすしかないだろ。」
「だよなぁ。」

同調して、名字に向き直る。

「おーい、名字ー。起きろー。」
「ううん…。」
「ほら、名字、起きろって。」

肩を揺すってみても名字が起きる気配は一向にない。それどころか、彼女の肩に手をかけた俺に顔をすり寄せてくるから困ったものだ。

「…名字ってこうやって見ると可愛いんだなぁ。」
「中身が残念だけどな。」

名字の肩を叩きながら、旭と大地の言葉に苦笑いを浮かべる。彼女が起きる気配は未だない。

「名字は可愛いよ。」

バカだけど。呟けば、今度は旭と大地が苦笑した。バカみたいに真っ直ぐで、可愛い後輩。いつだって全力でストレートに俺へとぶつかってくる彼女に救われていることなんて、本人はきっと知らないだろう。
…その可愛い後輩は一向に起きる様子はないから困る。

「つーか全然名字起きないんだけど。どーするよ、コレ。」

つんつんと幸せそうに眠る名字の頬をつついてみる。ふにゃりと笑って「スガさあん、」なんて寝言を呟く名字に、思わず頬がゆるみかけて堪える。不意打ちで可愛いことするなよ。

「仕方ないな。このまま寝かせるか。」
「え、いいの?」
「このでかい名字を担いで部屋に連れていくなんて重労働、俺は嫌だね。」

大地の身も蓋もない言葉に、そうだな、と頷いて笑う。完全に寝入っていて意識のない彼女を担ぐのは大地の言う通り、確かにかなりの重労働だ。合宿も終盤にも差し掛かって疲れている体には想像しただけで堪える。

「という訳で、名字の隣はスガが寝ろよ。」
「えッ、俺!?」
「何だ、スガが嫌なら俺や旭が寝たっていいんだぞ。」

そう言ってニヤリと口元を歪めた大地は、俺が断れないことを知っている。渋々分かったと頷けば、これで話は決まったとばかりにそれぞれ就寝準備へと散っていった。はあ、とため息を吐いて、気持ちよさそうに眠る名字を見る。その寝顔に毒気を抜かれた俺はまた息を吐き出した。





暗闇の中で目を閉じる。体は疲れているのに、名字が隣の布団で寝ていると意識するだけで目は冴えるのだから困ったものだ。ごそごそと寝返りをうって、名字の方へと体を向ける。顔は見えないけれど、隣から聞こえる規則正しい寝息は確かに名字のものだ。男ばかりのこの部屋でそんな無防備に寝るなよと、内心で文句を言ってみたところで彼女に聞こえる筈もない。…声に出して言ったって、彼女は聞きやしないかもしれないけれど。

彼女はバカだ。バカがつく程いつだって真っ直ぐで、何の武装もないまま、そのままの彼女で俺へとぶつかってくる。何の見返りも求めずに好きだと言って笑う。その笑顔に救われて、見返りを欲しがらない名字に甘えている俺はもしかしなくても狡いのだろう。狡いと分かっていて、衒いもなく好きだと言って俺を追い掛けてくれるこの距離の居心地の良さに浸っている。

彼女は、その俺の狡さに気付いているのだろうか。気付いていないのだとして、もし気付いたなら彼女はどう思うだろう。幻滅しないと言ってくれたけれど、その時は幻滅されてしまうのだろうか。それでも幻滅しないでいてくれるだろうか。後者だったらいいと願う俺はやっぱり狡いのかもしれない。

それでも。
今はまだどうかこの距離でいさせて欲しいんだ。





not fair
(どうか狡猾さをも受け入れて、)