君が僕を好きなこと、知ってる筈なのに。





ふと窓の外を見上げる。窓から見上げた空は四角くて、意味もなく孤独を感じてしまう。卒業するまでは、彼女と離れるまでは、そんな風に思ったことなどなかったのに。卒業しないで下さい、と、毎日会えなくなるなど耐えられない、と寂しそうに目を伏せた彼女のことなど、これでは言えたものではないなと一人自嘲する。開いた手帳に書かれた「デート」の文字。その文字が書かれた日付まではまだ何日もあって、息を吐く。

全身で好きだと訴えながら、毎日俺の元へじゃれてきていた彼女をこれほどまでに愛しく思っていたのだと、離れて初めて気が付いた。好き好きとはしゃぐ名字ばかりがからかわれたりしていたけれど、それを受け入れていた俺も大概だったのだ。毎日会えないなんて耐えられない、と嘆いていた割には、彼女は彼女なりに頑張って、会えない時間を我慢してくれているらしい。大学の講義やサークル、バイトで忙しくする俺を咎めたり、不満をもらすことなく、名字は名字で最後の夏に向けて、あるいはその先の受験に向けて精を出している。

それなのに会いたくてたまらない、なんて。
次の約束までが待ち遠しいなんて。

テーブルへと伸ばした手でケータイを掴んで、通話ボタンを押す。無機質なコール音を聞きながら、彼女は今何処で何をしているのだろう、と考える。俺と同じ気持ちだったらいい。どうか違う男と一緒だなんて言わないで欲しい。毎日会える他の誰かに、どうか心変わりなんてしていませんように。変わらずに嬉しそうな声で電話に出て、好きだと、早く会いたいと強請って欲しい。

「っもしもし!スガさん!?」

数コールで出た電話の向こうの彼女は、幾分か焦っているようで、もしかして不安が的中してしまったのか、と一瞬焦る。

「今大丈夫?」
「大丈夫ですよ!」

そう答える彼女の向こう側は何だか騒がしい。ぎゃあぎゃあ騒ぐその声は聞き覚えのある声たちのような気がして、口に出して聞いてみる。

「もしかしてバレー部の奴と一緒?」
「はい!今皆で坂ノ下に来てて、」

彼女の気配が遠くなったような気配のあとで、「田中うっせえ!」と怒鳴る名字の声が聞こえる。恐らく手でケータイを押さえているのだろうけれど、少しくぐもってはいても声は筒抜けだ。「愛しのスガさんからの貴重なラブコールなんだから黙ってて!」怒鳴る名字はやっぱり名字だなあ、と思わず笑みを零す。相も変わらず、好きだとストレートに言えるそれは彼女の美点だろう。

「スミマセン、何か用でしたか?」
「あ、いや、…ただ声が聞きたいなあって。」

用だったか、と問われて一瞬迷ったものの、結局素直に答えれば、電話の向こうで名字が息を飲んだ。もしかして引いただろうか、と不安が一瞬過る。
彼女が喜ぶ何かを話さなければと思うのに。近付き過ぎて嫌われてしまったなら元も子もないというのに。止まれないから、困る。

「…本当にラブコールだった…!」

嬉しいです。そう言った名字の声が本当に嬉しそうで、つい吹き出す。やっぱり杞憂だった。多分電話の向こうで、だらだらに頬を緩ませているんだろうなあ、と思うと、無性にその笑顔に会いたくなる。

何のために生きてるのって聞かれたら、それはもちろん自分のためだけど。彼女のため、なんておこがましくてとても答えられないけれど。でも、大事なスペースに君がいて欲しいんだ。

「ねえ、名字。」
「はい?」
「今から会いに行ってもいい?」





君が僕を好きなこと知ってる筈なのに、こんなにも僕も君が好きだから。
約束の日まで待ちきれないんです。





song by UNISON SQUARE GARDEN「クロスハート1号線 (advantage in a long time)」