「はあッ!?高校生に告白されてキスした!?」
「ばっ、声でかいよ!」

週末の居酒屋とはいえ、あまりに大きな声を出した技術職の同期の中で唯一の女子、理沙の口を慌てて塞ぐ。ちらりとこちらを見た店員のお兄さんにへらり、と笑う。

久々に二人で飲みに行こうよ、とお互い仕事を調整して、仕事終わりに入った駅前の居酒屋。そのカウンターに二人並んで座って、理沙はファジーネーブルを、私は梅酒のロックを飲みながら、互いの仕事のことや同期のこと、恋愛事情についてなど、つらつらと笑いつつ話す。今日もそうして話しているうちに、私の恋愛話になり、うっかり孝支のことを話してしまった結果、冒頭に至るという訳だ。

「マジかー、高校生とかやるね、名前。」
「いやー、でも正直ちょっとどうしたものかと思っててさ。それこそ昔は弟みたいに可愛がってたからさあ。」

これがまた本当に可愛くて。
梅酒を一口飲みながら呟く。脳裏に蘇る幼い孝支を思い出して、頬が緩む。中身もそうだったけど、見た目もマジで可愛かった。

「一時期、本気で逆紫の上大作戦とか考えたことあったからね。あの時は血迷ってたなあ。」
「…良かったね、踏みとどまって。」

それこそ犯罪者じゃない、と言った理沙と、だね、と笑い合う。

「じゃあ、そんだけ可愛かったんなら、今はそれなりにイケメンなんじゃないの?」
「そーなんだよ、イケメンに育ってたの。しかもどっちかっていうと私好みだから困る。最初新手の詐欺かとも思ったからね。」
「ふはっ、そりゃ良かったじゃん。」
「しかも中身がまた出来のいい子に育っててさあ。ホント困る。」

いい子。そう、孝支はいい子なのだ。優しくて人のことを気遣えて、痛みもちゃんと知ってる。苦しい選択肢を自ら選べる強さもある。覚悟もきちんと出来る。
だからこそ、戸惑う。

「でも真面目な話、向こうはまだ高校三年生だけど、私はもう27じゃん?30目の前でさ、結婚とか考えない訳じゃないんだよ。でもまだ18歳なりたての男の子にそこまで考えろ、なんて酷な話だと思わない?」
「まあねー、高三で結婚とか考えてるかって言ったら怪しいよね。」

だよねー、と頷きながら、孝支の言葉を思い出す。ちゃんと好きだって、憧れじゃないって。彼はそう言ってくれたけれど、それは彼の中でどれくらい現実味のある話なんだろう。彼にはこの先、無限の可能性が待っている。仕事も恋愛も、彼を待ち受ける選択肢は数え切れない程あるだろう。今よりもっと広い世界で、たくさんの女の子と知り合う筈だ。年下だったり、同い年だったり、年上だったり。同じ年代のたくさんの魅力的な女の子と出会って、でもそれでも私を選んでくれるだろうか。

梅酒をまた一口飲む。カラン、とグラスの中の氷が音を立てた。

「将来あるあの子の隣にいるのが本当に私でいいのかなとか、私が重荷になったらヤだなって思うと、ちょっと迷う。」

それにさ、と呟くと、理沙が何?と促した。

「また仕事と自分とどっちが大事なんだ、とか、俺がいなくても平気なんだろ、とかまた言われたら、って思うと、ちょっと躊躇う。」
「きっついよね、それ言われちゃうと。こっちは仕事一生懸命頑張ってるだけなのにさ。勝手に強い女ってレッテル貼られて突き放されちゃあね。」

正直たまらないよね、と理沙も頷いてくれる。夜遅くまで毎日残業、休日出勤だってザラにあって、プライベートな時間を確保しにくいこの仕事の世界を理解してくれる人は決して多くはない。それなのに、社会にもまだ出ていない孝支がどれだけ理解を示してくれるんだろう、と考えると不安になる。孝支までもが、同じ理由で自分から離れてしまったら。

「でもさ、それで躊躇しても仕方なくない?誰と付き合ったって、同じリスク、同じ不安は付き纏うものだし。」

それだったらさ。私の方を見て理沙がにっこりと笑う。

「好きなら好きでいいじゃん。後のことはその彼と二人で考えればいいんだよ。ちゃんと好きだって言ってくれてるなら、信じてみれば?」

それとも、その彼は名前にとって信用出来ない程お子様なワケ?

にやりと笑った理沙に、つい口篭る。返事の代わりに、梅酒を一口飲んだ。

「…ていうか、私好きって言ったっけ?」
「そうなんじゃないの?話聞いててそう思ったんだけど。」
「いや、うん、弟みたいで好きだったけどさ、」
「でもキスしたんでしょ?」

うう、と返事を詰まらせる。
正直、どうしてあの時あっさりとキスを受け入れたのか、自分でもよく分かっていない。でも孝支に好きだと言われて、彼の顔が近付いて。それが嫌だとは思わなかった。むしろくすぐったいような、ふわふわ温かい感情があの時の私の中にはあったような気がする。

「好きだって言われて、ずっと家族愛とか姉弟愛みたいに感じてたのが、恋愛に変わったって別におかしくはないんじゃない?」

理沙が飲んでいたファジーネーブルを飲み干して、今度はソルティドッグを店員のお兄さんに注文した。私も一緒に梅酒のロックを注文する。

「そうやってうじうじ躊躇してることこそ、好きって証拠だと思うけどね。」

何とも思ってなければ、さっさと断るでしょうよ、普通。

はっきりと言われて、確かにそうかも、と納得する。
残り僅かの梅酒を一気に煽った。

「理沙ってやっぱカッコイイよね、そういうとこ。」
「名前は意外とヘタレよね。仕事も出来てサバサバしててカッコ良く見えるくせに。」
「ヘタレって言わないで。」
「事実じゃない。その強がりな仮面、彼の前でくらいはさっさと捨てたら?」
「…善処します…。」

至極正論を言い放った彼女の言葉に返す言葉を失って項垂れていると、目の前におかわりの梅酒とソルティドッグが運ばれてくる。理沙がグラスを持ち上げて私の前に小さく掲げた。それに合わせて、私も梅酒の入ったグラスを持ち上げる。

「んじゃ、名前の新しい恋に乾杯。」

カツン、と互いのグラスを合わせて乾杯する。どちらからともなく笑い出す。

今度孝支に会ったその時は。
きちんと彼に返事をしよう。
躊躇いも、弱気な私も、もういらない。