「名前さん、まだ起きてる?」

暗闇の中聞こえた声に、起きてるよ、と返す。
泊まっていく、といった孝支はベッドの横に敷いたお客様用の布団で寝ている。私がそっちで寝ると言ったにも関わらず、頑なに拒んだ孝支に折れて結局私がベッドで眠ることになった。年下に言い負けるとかどんだけ今日の私は弱いんだと、ほとほと情けない。

「俺、ずっと名前さんに憧れてたんだよ。バレー始めたのだって、セッターになったのだって、名前さんみたいになりたくて。」

知ってる。あんなに何度も何度もきらきらした目で、俺名前ちゃんみたいになるって、名前ちゃんみたいなセッターになるんだって宣言されたんだ。いつだったかプレゼントした子供用の柔らかいボールが、ぼろぼろになるまで練習してたことだって知ってる。ちゃんと知ってたよ。

「ずっと名前さんが好きだった。大人になったら名前さんと結婚するんだって、本気で子どもの頃から思ってた。」

だけど、俺が小学校に上がる前に名前さんはいなくなった。

その言葉で蘇る記憶。荷物を全部引越し業者のトラックに詰め込み終えて、最後の挨拶を孝支の両親として。孝支だけが一人わんわん泣いていた。私の足にしがみついて、行っちゃヤダって、ずっと一緒にいてって。本当は私も、誰も知っている人がいない東京なんて行きたくなかった。だけど、一人で東京へ行くのは寂しいと悲しそうに笑う母を振り解けなかった。泣きじゃくる孝支が私の分まで泣いてくれているような、そんな気に勝手になっていた。今思えば、そう思うことで涙を堪えていたのかもしれない。

「ずっと名前さんのことが忘れられなくて、ずっと覚えてた。名前さん以外の女の子を好きになれなくて、ずっと名前さんに会いたかった。」

暗闇の中で静かに響く孝支の声に息が詰まる。

「だから名前さんに会えた時、滅茶苦茶嬉しかった。やっぱり好きだって思った。」

ごそごそと孝支が身じろぎする気配がする。ギシリ、とベッドのスプリングが軋む。音のした方を見ると、いつの間にか孝支がベッドの縁に腰掛けていた。

「俺ちゃんと名前さんが好きだよ。憧れとかそんなんじゃなくて、名前さんが好き。」

だから信じて。そう呟いた孝支の顔がゆっくりと近付く。
一瞬触れるだけのキス。私は何の抵抗もなく、彼のそれを受け入れた。